第3話 とある女子高生の唯一

「ごめん、もう先に行っちゃったかと思って…!」


「あ、大丈夫だよ…!他の子と帰ってきたから…!」


「あっ、そうなんだ…」


教室へと戻った私を見て、上原花衣さんが眉を下げて慌てて駆け寄ってきた。

謝られたのを、気にしていなかったと返す。

そもそも、一緒に教室に戻る約束もしていなかったのだし……それに、なんだか面白い変人と話せたのだから。


ーーーーー


その後集合写真と個人写真を撮った。

個人写真で目をつぶっていないか心配。中学校の時よりさっさと撮られた気がする。

前髪を直すのに、ショートカットの綺麗なクラスメイトは手鏡とくしを使っている後ろで、手ぐしでなんとなく直したから、それも心配。


明日からはもう、授業が始まるらしい。とはいっても45分授業で、最初はオリエンテーションとのこと。

けれど偏差値の高い進学校に入ったのだ。周り全員が同じか、私以上に頭がいい。授業についていけなくなったら終わり。見たこともない順位を取る事になるかもしれない。


周り全員頭がいいんだから、天狗の鼻が折られるよと──両親どちらともに言われた。

今まで取ってきた順位なんて取れないし、挫折を味わうことになるだろうよ、と。


それは、両親の体験したことなのかもしれない。とにかく実感の籠った言葉は恐ろしく、もしも赤点をとったら、下から数えた方が早い順位になったらと思うと、その恐怖からみんなが私よりも賢く見えてくる。


「ねえ、よかったら一緒に帰らない…?」


「わ、もちろん!」


「やった…!」


上原花衣さん──いや、もう、花衣ちゃんと呼ぶべきかな。花衣ちゃんはどうやらこの先共に行動する人がほしくて、それが私になった。私からしても、一緒に行動してくれるのは嬉しい。

一緒に並んで、下駄箱へと向かう。


「部活って、何に入るか決めた?」


「うーん、バドミントンかな…」


「あ、運動得意なの?」


「え、まあ、うーん…人並みには」


「わ、いいな。私あんまり得意じゃないかも」


「そうなんだ〜」


お互いに気を使い合いながら話すのは、緊張する。うまい言葉が出てこない。


学校の近く、ツツジの咲いた横を通る。ハチの姿が見えて、びくりと体を強ばらせるが、ツツジの茂み中へと消えていった。


「あ、ごめん、ハチが見えて…」


「ハチ、怖いよね。…刺されたとか、あったの?」


「いや…うーん、なんとなく、怖いだけかな」


「あ、そうなんだね…」


気まずいとはいかなくても、話が盛り上がってはいない。何かないかと頭の中を探す。

4月、まだ空気は少し暖かみの混じったぐらいだというのに、日差しは強く、だんだん頭が回らなくなってきた。

目の前の、2年生か3年生かの先輩が日傘を差してるのを見て、雨用でしかない折りたたみ傘を新しく買ってしまったことを後悔した。日傘と雨、兼用の折りたたみ傘にすればよかったのに。


「あ、そうだ、ライン…良ければ交換しない?」


「いいの!?うん、嬉しい!」


──思いつくまま喋った言葉は、何か、核心をついた発言ができたらしい。

今までで1番、とはいってもまだ数日だけれど、嬉しそうな顔だ。

『友達が出来るか不安』、ということを何回か言っていた。それが、花衣ちゃんにとっていちばん重要なことだったのかもしれない。


「あらためて、よろしくね〜!」


「こちらこそ、よろしく…!」


駅の階段を上る。

インスタの方も交換し、喜びと安心の混ざった表情で、幾分か張り詰めたものが無くなった花衣ちゃんは、ちょうど来た、私の乗るのとは逆方向の電車へと乗り込んで行った。


ーーーーー


「ねえ、6組の人?だよね?」


「あ、うん、そうだよ…!」


「ライン交換しない?」


「ねえ、他に誰か繋がったりしたー?」


「えっとね、花衣ちゃんとだけ繋がってるよ…!送ろうか?」


「うん、お願い!私も送る〜」


「私も!」


おそらく同じクラスの4人(まだ顔も名前も覚えていない)に、駅でぼうっとスマホをいじってると声を掛けられた。

ラインを交換し、花衣ちゃんのラインを送り、他のクラスメイトのラインを送られフレンド申請をする。届いたフレンド申請を許可する。


それを繰り返していると、1人の女の子がにこっと笑いながら言った。


「まだ誰も作ってないっぽいからクラスライン作るね〜」


──そうして、クラスラインに入ることが出来た。あっさりと。

招待中や加入済みになっているのは20人ほど。他の20人はまだ繋がっていないようなので、多分徐々に足されていくのだろう。

中3の時、クラスラインに入ったのは夏頃だった。クラスでラインが繋がってる人がいなかったから。


よろしくおねがいします、のスタンプを送信して、来た電車に乗り込んだ。


ーーーーー


「ただいまー」


弟はまだ学校で、両親はどちらとも仕事中らしい。

窓のそばで微睡んでいる飼い犬のエマちゃんに顔を埋める。


「………疲れた……」


おでこを舐められながら、茶色のふわふわの毛をぼうっと眺めて考える。黒色のつやつやとした瞳が視界の端で閉じたり開いたりする。



このかわいい唯一の寿命が来たら、私はその後を生きていくつもりは最初からなかった。

そう思えば、すぐに後を追わせてくれるこの病は優しく──ああ、私は幸運なのかもしれない。

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