第4話 とある女子高生の退屈

『───次のニュースです。本日未明、都内のアパートの一室で、首を吊った状態の男性の遺体が見つかりました。警察によりますと本人は『魔法病』を発症していたと───』


「いってきまーす」


「いってらっしゃい、気をつけてね」


カチャン、と自転車の鍵の音が終わる前に、自転車の向きを変えて、またがる。

『魔法病』患者の自殺。もう何回目だろうと思うほどに、何度も見て日常となってしまったニュース。


今となっては、関わりのない世界ではいられない。


振り払うように、力強くペダルを踏んだ。


ーーーーー


「おはよう…!」


「ギリギリだ」


「寝坊したかと思った」


しばらく運動をしていない体は、駅内の階段を上るだけで息切れした。

まもなく電車が来るというアナウンスに促されるまま、リュックを前に持ち変える。


今日もぎゅうぎゅう詰めの人達を、押して押して電車へと乗り込んだ。

乗り換えの駅につくと、みんな降りていく。ここでまた人が沢山乗り込んでくるけれど、人々が降りてまだ誰も乗ってこないこの時に、座ることが出来た。


「それでどう?友達新しく出来た?」


「うん、1人だけど。日彩ちゃんは?」


「女子のクラスメイトとは全員、男子は半分くらい話した」


「次元が違う」


日彩ちゃんは色々と気にかけてくれる。

ぐいぐい来る系統の人に、可愛がられると言った方がいいのか、まあそのようにして今まで過ごしてきた。親友も、そんな人だ。


花衣ちゃんはあまりグイグイという感じはしない。引っ張っていってくれるような友達ばかりだったから、完全に受け身の人間になってしまっていて、どう話せばいいのか分からない。


「なんか面白いこととかあった?」


「うーん……あ、初対面で「友達いらないんだよね」って言う人はいた」


「言われたってこと?」


「そう」


「やっぱ変人多いんだね」


「それにすぐ校外学習があるらしくて、誰かと組めるかな…」


「どこ行くん?」


「海近くの水族館」


「なつめ春休みに1人で行ったとこじゃん。誘えばいいのに」


「無料券1枚しかないから申し訳なくて…それは、うん、置いといて、そうなんだよ。まさか高校で行くなんて思ってなくてさ…」


日彩ちゃん相手だとすらすらと喋ることが出来る。他の人だと、返事を考えるのに頭を回しても何も出てこなくて、あはは…と笑うだけになってしまう。

克服したいけど、どうすればいいのか分からない。文章は書けるのに、言葉にしようとするとどんな表現も見えなくなる。


とはいっても、本当は喋りたいのだ、という気持ちでは無い。喋らなくていいなら喋らないでいたい。こういう気持ちがダメなのはもう分かっている。


「あ、着いた。じゃ、また何かあったら聞かせてよ」


「うん、じゃねー」


短縮の時間割で今日から1週間ほど動くことになるけれど、授業があるとはいってもクレペリン検査や校内研修、明日には心電図やX線とある。実際には授業はほとんどないと言っていい。


たん、たん、とローファーを地面に打ち付けながら歩く。くるぶしは、ちっとも痛みを感じなくなっていた。


ーーーーー


「今配った写真を貼り付けて、名前等記入出来たら後ろから回してください」


通学定期券購入兼用証明書、という正式名称の紙のカードに、ぺたりと個人写真を貼り付ける。

髪がボサボサで、アホ毛は出ており、顔は疲れた感じで、人には見せたくない出来だった。

家にいてばかりで外に出ないからか肌が白く、そのせいで顔が膨張して見える。とにかく、一言で言うなら最悪だった。


1番後ろの席なので、さっさと名前や住所やらを記入して、前の人に渡す。


今日1日、自己紹介やクレペリン検査(ひたすら計算していく検査。性格など分かるらしい。初めてやった)とストレスのかかるものが多かった。

部活動を見学できるのは、もうちょっと後らしいのであとは帰るだけ。


「ねえ、こっちの書類って写真貼った?」


「あ、うん!デカくプリントしてる方だね」


「2枚とも?」


「そうそう、無くしたら怖いし」


「確かにね」


私が1番後ろの席ということは、直後の名簿番号の人は前の方の席となる。

じゃあ何故この人はここにいるのか、話しかけてきたのか、不思議だった。


五谷紗楽さん。

今朝、日彩ちゃんに変人として面白おかしく喋ってしまった身として、少し気まずい。


「ありがと」


「どういたしましてー」


じゃ、また明日と言われて、紗楽さんは待っていたらしい人のところへと行った。その人に聞けばいいのに、わざわざこちらへ来たのは何故だろう。

もしかして、「友達いらない」という言葉を否定しなかったから好ましく思われたとか、そういうことだろうか。

少し、これからどうなるのか不安になった。


「仲、いいの…?」


「うーん、名簿番号近かったから話したぐらい…かな?よく分かんない人だよ」


「…あ、そうなんだ」


花衣ちゃんの瞳は、1人になってはたまるかとでもいうように、訴えかけてきていた。

私と同じで、この学校に女子で元同じ中学の人はいないらしい。 だから、付き合いの浅い私でもわかるほどに、友達というものに執着している気がする。いや、勘でしかないけれど。


「そうだ、良ければさ、校外学習一緒の班にならない?」


「いいの!?嬉しい!」


それをうっすら理解しながら、こうやって言うのは悪いことだろうか。悪いとして、どこが悪いのか。どちらもウィンウィンなのだから、と思ってしまう私はずるいだろうか。


「水族館楽しみだね〜」


「そうだね〜!」


正直に言うならば、そうやって重いのは苦手。

自分だけ見てくれるような、どこへでも連れ出せるような親友が欲しい───という思いとは裏腹に、いざ手に入りそうになると、思い描く理想と違うところを探してしまう。ベタベタされるのは嫌だと思ってしまう。

自分は酷い人間なのだろうけど、そんなことをおくびにも出さないなら、そのまま過ごせば、私は良い人間と見られているだろう。


こうやって毎日、毎日毎日、過ごしていくのだろう。なんだか疲れて──退屈だ。


「じゃあ、また明日!」


「うん───また明日」

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