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「すてられちゃった」

細く震えた声だった。卒業式の終わった夜だった。あぁ、やっぱり。心の奥底で、そう思ってしまう自分がいることにびっくりした。

ぼくと違ってやることやっているのに、こういう時は打算に塗れたぼくよりはるかに純粋なのだ、彼女は。

決してこういう時に悲しみを怒りに転じない彼女が傷つくことを承知で、「酷い男だね」と言いたくなった。心は離れていないはずなのに、彼女が悲しんでいるのに、なぜかほわりとあたたかいのは、きっと季節が変わったからだ。


男には、体の関係のある女がほかにもたくさんいたらしい。卒業式の翌日、男との共通の友人にそれを知らされてから、彼女は真夜中に泣きながら電話をかけてくるようになった。

ぼくが何を言っても泣き止んでくれなくて、ヒステリックにわめき散らす。そして、叫び疲れたのか急に静かになって、通話中のまま眠ってしまう。そして早朝に、「ごめんね」と一言、送られてくる。


彼女の苦しみは一向に減る兆しがないというのに、ぼくの感じる仄暗い暖かさは、日に日に増すばかりだった。毎日のように電話がくるということは、きっと、ぼく以外にそれを吐き出せる先がないのだ、と。


桜が見頃を迎えた頃、しかし、彼女から連絡が来なくなった。メッセージを送ってみたが、返信はなかった。ぼくから電話をするのは躊躇われるし、彼女は勉強が得意でないので、偏差値の低い、ぼくのと違う高校に通いはじめたからどうにもならない。


3日経ってもそんな感じだったので、いてもいられなくなった。

そこで、ぼくは受験期に入って以来消していたSNSアプリを再度入れてみることにした。

うろ覚えのパスワードを何回か打ち込んで試し、彼女をフォローしていたアカウントにログインする。幸い、彼女はこのSNSを続けていたらしい。彼女のアカウントははっきりと覚えているから、一発で見つけることができて。


ぼくは息を呑んだ。


彼女のアカウント名は、本名から、全く関係のない名前に変わっていた。アイコンの写真は、しおれた桜の花びら。そして、投稿は、「しにたい」と赤色の写真に覆われている。その写真が彼女の手首の写真であると気がつくのに数十秒、そしてこれは、彼女が自傷行為をした結果なのだと分かるのに数十秒。


全身から汗が吹き出るような感覚。思わず、彼女の投稿をさらに見るために画面をスクロールする。ダメだとわかっているのに、息を詰めながら、赤色と彼女の傷心を確認する指が止まらなかった。何をしているんだ。

きっとぼくも頭がおかしい。

おそらく、彼女が自傷行為__リストカットというものをしたのは今回が初めてだったのだろう。遡るごとに、赤い線が躊躇いを持ったものに変わっていくのが見て取れた。


見てはいけないものをみている感覚がだんだんと薄れていって、かわりに心配でたまらなくなった。できることなら、彼女をとめてあげたい。自傷行為も希死念慮も、ばかげている。

それは、あの男と同様、美しい彼女に影をさしてしまうものなのに。

けれどぼくは、大事な人ランキング上位を目指しているぼくは、彼女になんと声をかければいいのだろう。「自殺を止めるのは優しさなどではない」という。辛いときに、人から死ぬなと言われるのは、死という自分にとって大切なものの否定であって、自身の生の肯定にはなり得ぬのだと。


あぁ、ぼくはどうすればいい。




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