第7話 生魚の美味しさがわからないなんて、かわいそザコ

「うそでしょ、ピッキー。あなた、生魚も食べられないの? ざっこ」


 お刺身を食べながら、あたしは勇者ピッキーを罵る。


「生魚は、結構クセが強いですぞ」


「大丈夫よ。異世界といえど、食中毒対策なんてちゃんとやってるわ。生で食べても平気よ」


 それに、ここは港町だ。魚も新鮮なものを用意してくれている。

 怖がることなんて、なにもないのだ。


「あーん。ううん! イクラが最高!」


「デリンさあ、魔王の城が目の前にあるってのに、よくそんなの食えるよなー」


 そう。


 もうすぐ、魔王の城に到着する。


 海を抜けて島にたどり着けば、もう魔王の城は眼の前にある。


 その前に、この地で四天王最後の一人と戦わなければならない。


 英気を養おうと、この世界で唯一食べられる生魚を食べているのだが。


「焼き魚は、ある程度いけるのね?」


「まあ、大丈夫かな」


 鮭の塩焼きを、ピッキーは食べている。


「鮭の皮は食べないのね。ザッコ」


「うう。面目ない」


「仕方ないわねえ。食べてあげるわ。あーん」


 ピッキーが、鮭の皮をむいて、あたしに食べさせてくれる。


「ううん。海鮮丼と鮭の皮とか、最高。最の高よ」


 いいながら、あたしは小骨だらけの部分ももらう。



「小骨もうまく、よけられないのね、勇者ってことごとく、ざっこい」


「デリンは、お魚をほぐすのもうまいんだな」


「そうでもないわ。昔はお魚より、お肉のほうが好きだったくらいよ」


 年齢を重ねていくうちに、美食の度合いが魚に寄っていった感じか。


「なんでも食べられるって、きっと楽しいんだろうな。私は教会にいた頃、食事は栄養補給のみとしか考えていなかった。必要最低限の栄養さえ手に入れば、それでいいと思っていたものだよ」


 ピッキーが偏食になったのは、教会のせいだ。

 食べ物すら必要とさせず、栄養価の高いポーションのみを与えていたらしい。

 それで満足するから、食べ物などは村や町で摂らないように、と。


 まったく、クソもここまでくるとゴミである。


 あんなゴミ溜めのような場所は、さっさと取り壊すべきだ。


 なのに、教会はいつまでも、世界じゅうにのさばっている。


 勇者のおかげで、発展してきたというのに。

 

「あなたもじきに、食べ物のおいしさがわかってくるわよ」

 

 その成果は、あたしにかかっている。

 

 勇者にたらふく、おいしいものを食べて欲しい。


 あたしはその思いで、危険な旅に同行しているんだから。

 


「本当にデリンは、なんでも食べるんだな」


「お酒以外なら、なんでも食べられるわね」


 あたしは珍味もイケる口ではあるが、唯一お酒だけは飲めない。


 騎士のユリー二世なんかは、戦士ハッサンと盃を交わしているが。


 女性陣は、基本的にお酒を飲まない。


 酔わされるのがイヤというわけじゃなく、単に体が受け付けないだけだ。


「まあまあ。酒は飲めれば楽しいですが、飲めなくてもいいですぞ。これだけの美食に囲まれているなら、酒がなくても楽しめましょうぞ」


「てえてえに乾杯!」


 二人は既に、できあがっていた。


 この調子で魔物、それも四天王なんかに襲われたりしたら。


「浮かれおって、勇者共よ!」


「来たよ! 出てきたし!」


 漆黒の鎧を着た魔物が、黒い馬に乗って現れる。


「わが名は四天王最後の一人、ブラックナイト!」


 文字通り黒騎士が、黒い槍を掲げた。


 漆色のウマが、前足を高々と上げていななく。


「決戦を前に宴など、なんたる惰弱! もう勝った気でおるのか? 貴様らには、万に一つの勝ち目もないというに!」


 さすが四天王の生き残りだけあって、尊大な性格だ。


「これまでの四天王と、我を同じにするでない! 他の三人が束になっても、我には敵わぬのだからな!」


 それはそれは。 


「勇者など、恐るるに足らぬわ! 手始めに、この一帯を取り仕切っていた教会を破壊してやったわ!」


「ありがとう! あなたは神よ!」


「えーっ……」


 ブラックナイトが、肩を落とす。


「ま、まあよい! 宴を楽しみたいなら、せいぜい最後の晩餐を味わうがいい。我は、待っておいてやろう!」


「やったね。待っててくれるって」


「えーっ……」


 あたしが晩ごはんを楽しんでいると、またブラックナイトが唖然とした顔になった。


「おい、戦わぬのか?」


「なんでよ。待っててくれるんでしょ? こいつらもお酒が入っているから、明日まで待っててちょうだいよ」


「うわ……」


 ブラックナイトは、ウマを振り向かせた。


「日を改めるとしよう」


「そうね。どうせならついでに、ここら一帯の教会も潰して回ってきて」


 あたしは、協会のある場所のリストを、四天王に渡す。


「よいのか? 教会のバックアップが、受けられなくなるのだぞ?」


「アイツらはバックアップどころか、こっちの資金をネコババしているのよ。いるだけ迷惑なの。あんなシロアリみたいな連中、まとめて駆除してちょうだい」


「うむ。お主たちがいうなら、殲滅してくれようぞ! ハイヤー!」


 四天王のナイトは、教会の本拠地がある方へ去っていった。


「さて、飲み直しましょうぞ」


 ユリー二世が、音頭を取る。


「え、ちょっと。デリン。教会を助けに行かなくていいのか?」


「どうして、助けてあげる必要があるの?」

 

「……それもそうだね!」


 これまでの悪行を見させられたせいか、ようやく勇者も教会を見捨てる決心がついたようだ。


 安心しなさい。魔王は倒してあげるから。


 でも、あんたたちは許さないわ。

 世界にとって、最悪の寄生虫だったんだって、教会は理解しておくべきだったわね。

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