第83話 失った命と新たな決意

  冬華とゆかりんは瓦礫の下敷きになっている人がいないか、確認して回った。倒壊している建物がある。高層ビルの窓ガラスはあちこち割れていた。

 警備員の制服を着た男性が倒れていた。まだ息はあるようだが、倒れた看板の下敷きになって身体を動かせない。

 冬華が力で瓦礫を移動させ、すかさずゆかりんが身体を引き出した。


「どうやって病院に連れて行こうか」

「車に乗せてもらうしかないよね」

 いろいろと思案していると、一台の救急車が通りがかり二人の前で停まった。


「何をしているんだ。早く逃げなさい」

「この人、怪我をしているんです。病院に運んでください。お願いします」

 ゆかりんが倒れている警備員を指さした。それを見た救急隊員は、車から降りてハッチバックを開けた。ストレッチャーにはすでに患者がいたので、手早く座席をベッドにして警備員を寝かせる。


「かなり狭いがキミたちも乗りなさい。ここが危険な場所だって分かるだろう? こんな所で何をしているんだ」

 患者を乗せた救急隊員が早口で告げた。

「私達は大丈夫です。早くこの人を……」

 ゆかりんがそう言いかけると、

「いい加減にしないか! これは遊びじゃないんだぞ。若い娘が出歩いて、敵にでも見つかったらどんな目にあうか、分からない年でもないだろう! 早く家に帰りなさい!」

 突然怒鳴られたゆかりんは黙りこんだ。それを見た救急隊員は、しまったというような顔をする。

「いや、きつい言い方をしてすまなかった。私にもキミたちくらいの娘がいるんだ。家にいるとは思うけれど心配でね。車内はかなり狭いが早く乗ってくれ」

「私達には仲間がいます。彼らは戦える。私達もずっと戦って来たんです。だから本当に大丈夫なんです。どうかこの人をお願いします」

 冬華は救急隊員の目を見てはっきりと告げた。あまりにも真っ直ぐな瞳に、今度は救急隊員が黙り込む。

 そして次の瞬間、冬華はゆかりんの手を引いて走りだした。

「あ、おい、ちょっと!」

「とにかく行きましょう。患者を運ばないと」

「ああ、そうだな。それにしても不思議な子たちだ」

 同僚に急かされて、隊員は救急車に乗り込んだ。


 同じ頃、少し先を行く鷲と御堂は武装した人間と戦っていた。相手は少数だが、呼吸を整える間もないほどの激戦だった。足を斬った人間が倒れながらも銃を撃ってくる。

 鷲は身体を躱し、ほんの数センチのところで避けた。百戦錬磨の鷲でも一発の銃弾が命取りになる。倒れれば死が待っているだけだ。

  斬っても斬っても倒れない男がいる。今まで戦った相手は、鷲を見ると逃げ出したり、一撃で動かなくなったりしていた。だが、目の前の敵は違う。相当の訓練を積んできたのだろう。 彼らには隙が無かった。おまけに、死の瞬間まで戦い続けていた。鷲は躊躇せず、刀を斬り下げる。最後まで戦った男の首から血が噴き出した。


 何とか死闘を制した二人は、その場に立ち尽くしていた。

「今までの敵とは段違いだ。東京にいる奴らは、官邸を襲った人間と似ているな」

 御堂はたった今倒した敵に目を遣りながら、息を切らす。

「東京がダメになれば、この国は機能しないって思っているんだろうね。ここに集められているのは、それなりの精鋭部隊かもしれない」

 刀の血を切り、鞘に収めながら鷲が答える。彼の息もかなり上がっていた。その時、ビルの陰から数人の武装した人間が現われた。

「いたぞ。あいつがサムライだ」

「仲間に連絡だ。絶対に殺せ」

「ヤバいぞ、数が多い!」

 御堂が叫んだ。


 鷲は敵の攻撃を躱しながら刀の柄に手をかける。だが、今回ばかりは刀を抜く動作さえも危険に感じた。敵の人数も多く、四方から狙ってくる攻撃は激しかった。屋外では隠れる場所も少ない。刀を抜くという一瞬の行動さえも判断を鈍らせるだろう。

 とにかく今は逃げるしかないと鷲は思った。


「鷲、お前狙われすぎだって。勘弁してくれよ。次々に敵が現われたら埒が明かないぞ」

 御堂の武器はすでに鉄屑となっている。

「一度、ビルの地下に戻ろう。さすがにこの暑さじゃ、体力が持たない」

 しばらく走って敵を巻いた二人は、ともちゃん、賢哉、冬華、ゆかりんと合流し根城にしているビルの地下に向かった。


 興俄たちも同じ考えだったのか、お互いはビルの近くで出会った。

「そっちはどうだ。まぁ、その様子ではいい返事はなさそうだな」

 かなりの返り血を浴びている二人を見て、興俄が眉を顰める。

「あちこちに敵がいます。正直、僕たちだけではもう埒があきません。そちらは?」

 鷲が尋ねた。

「こっちも同じだ。あいつらはかなりの武器を国内に持ち込んでいる。肩撃ち式のロケットランチャー、携帯式防空ミサイルシステムを持った奴らがうろうろしていた。空からの攻撃はないようだが、この先はどうなるか分からないな」

 険しい顔で言う興俄の顔もかなり疲労していた。

「しかし暑いな。早く戻ろうぜ。早くこの血を洗い流したいよ」

 御堂がそう言って一歩踏み出した。


「ああ、ここにいたんですか」

 背後から声がして、興俄は振り返った。彼の腹心、景浦が立っている。

「いろいろと情報を探って来たのですが、日本はまだ持ちこたえているようです。ただ、被害も甚大で……」

 景浦は興俄の隣に並び、現状の報告を始めた。

「海から上陸した人間も多数いるんだろう。他の県はどうなっているんだ?」

「詳細は不明ですが、多くの死傷者が出ています。しかし、すでに諸外国へ日本の状況が伝えられており、国連軍の応援もこちらに向かっているようです」

「応援が到着するまでは、なんとしても守り抜かないとな。皇居はどうなっている?」

「自衛隊が警備についています。さすがの敵も無鉄砲には行けないでしょう」


「あの、いつまで続けるんですか? とにかくビルに戻りませんか。話はあとにしてください。みんな暑さでくたくたなんですよ」

 鷲が二人の顔を交互に見て告げると、興俄と景浦が顔を見合わせ、何も答えず歩き始めた。


 少し歩いたところで背後から車が近づいてきた。景浦が何気なく振り向く。

「危ないっ」

 パンパンと乾いた発砲音と、景浦の叫び声がほぼ同時に聞こえた。一同は何が起こったのか分からない。見ると興俄が倒れ、景浦が覆いかぶさっていた。

 男達が何かを喚きながら車から降りて、ライフルや拳銃をこちらに向かって撃ち始めた。


「だから早く戻ろうって言ったのに」

 鷲が不満顔で背負っていた刀を抜く。ヒュンと空気が斬れる音がして、怒号と銃声が辺りに響いた。


「賢哉! ともちゃんたちを安全な場所に! お願い!」

 冬華が叫んだ。

「分かった。みんなこっちだ。早く!」

 賢哉は、ともちゃん、ゆかりん、北川先生をビルの裏手へと誘導する。冬華は男が持つ銃に向かって念を込めた。銃が暴発し、男が吹き飛んだ。

 突然仲間が吹っ飛んだので、敵の動きが止まった。その隙に鷲は刀を振り上げ、一人、また一人と斬りつける。ぎゃあと言う叫び声がして、男達はよろめきながら倒れこんだ。御堂は運転席にいた男を車から引きずり降ろし、殴りつけ蹴とばしている。 

 冬華も敵の持つ武器に向かって、破壊するべく次々と念じ続けた。


 ややあって、騒乱は静けさを取り戻した。鷲たちを襲った敵は地面で悶えている。

興俄は景浦の身体を持ち上げながら、自身の身を起こした。

「おい、景浦。しっかりしろ」

 景浦は銃で撃たれたようだった。腹部の数か所からおびただしい血が流れている。官邸での戦いを終えた後から彼は私服で行動していたので、防弾チョッキは身に着けていなかった。


「貴方が……無事で良かった……来世で再びお会いした暁には……また私を家臣として重用……」

 景浦は呟くように言葉を絞り出す。

「分かった。分かったから、もういい、喋るな」

 興俄が制止しても、半開きの口からは呻き声に混じって何かが発せられている。やがて彼は激しく吐血した。大量の血が路上に流れている。

「病院に連れて行ってやる。少しの辛抱だ。それまで持ちこたえろ。麻沙美、車をまわしてくれ!」

 興俄の叫び声で、ビルの陰に隠れていた麻沙美が駆け寄って来た。

「車は駐車場に置いたままよ。とりに行くから少し待って」

 興俄は景浦の首すじに指を当てる。既に脈はなかった。

「いや、車はもういい」

「とりあえず、早く戻ろう。また敵が現われたら厄介だ。この人は俺が運ぶから」

 御堂が景浦を担ぎ、一同はビルの地下に戻った。


 地下に戻ると御堂が景浦をソファに寝かせた。興俄の視線はずっと彼に向けられたままだ。

「今回はお前の方が先に逝ったようだな」

 思えば、この男が命の恩人になるのは二度目のことだ。一度目は前世での石橋山。彼は多くの人間に嫌われていたが、自分にとっては有能な部下だった。数多くの汚れ役も引き受けてくれた。もしも、自分が再びこの世を治めるとしたら、彼の存在は絶対に必要だった。

「お前はいつも……」

 興俄は口の中で呟き、黙りこむ。これ以上言葉を発したら嗚咽が漏れそうだったのだ。


『治承四年(一一八〇)八月小廿四日甲辰 省略  景親追武衛之跡 捜求嶺渓 于時有梶原平三景時者 慥雖知御在所 存有情之慮 此山稱無人跡 曳景親之手登傍峯 以下略                           吾妻鏡第一巻より』


 石橋山の戦いの際、大庭景親は頼朝を追い求め、峰や渓谷を捜していた。その中には梶原景時もいた。彼は頼朝の所在を知っていたが思うところがあり、この山には人の跡は無いと言い、景親の手を引いて脇の峰に上って行き、頼朝を助けたとされている。




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