第82話 それぞれの奮闘

 翌日。

 朝から外では爆発音と銃声が響いていた。冬華が目を覚ますと、既に興俄と景浦、麻沙美の姿はなかった。


「あの人たちは別行動するって。これからどうする?」

 麻沙美とゆかりんが調達したおにぎりを頬張りながら、鷲がみんなの顔を見回した。

「まずは逸れないように、一緒に行動しないとな。あと武器は調達したい。鷲の刀だけじゃ不安だ。俺は振り回せるものがあれば何でもいいぞ」

「武器と言っても銃は使えないよ。使い方も分からないし」

 自慢げに腕を振り回す御堂を見て、ゆかりんが困ったような顔で付け加えた。


「とにかく外の様子を確認しよう。それからどう動くか考えよう。自衛隊や警察もいるだろうし、邪魔にならないように気をつけないと」

「そうだね。外が安全なら、私は壊された建物を直していきたい」

 鷲の言葉に、冬華は力強く頷いた。


「あのさ、ずっと気になっていたんだけど、何で朋渚は神冷先輩にため口なの? 俺、ちょっとビビってるんだけど」

 賢哉の問いに、ともちゃんはしまったという顔で冬華に助けを求めた。だが、冬華もどうフォローすればいいか分からず黙り込んでいる。

「え? ええと。そうそう実は親戚だったんだ。あの人はおじいちゃんの、兄弟の、何だっけ、とにかく遠い親戚だったんだよ」

 ともちゃんが言い繕うと、賢哉は「へぇ、そうだったんだ」とあっさり納得した。

「それよりさ、私達はここにいよう。落ち着いたら、一緒に家へ帰ろうよ。ほら、家族がどうなっているか心配だし、ね、帰ろう?」

「そうだね。樹くんは普通の人だし、危ないよ」

「普通の人?」

 鷲の言葉に賢哉が首を傾げる。と同時にともちゃんが「あああ、何でもない、何でもない!」と大声を上げた。

 

 今の賢哉は何の記憶も持たない高校生だ。木曽義高ではないし、死体を見慣れているわけではない。一方の鷲や御堂には前世の記憶がある。前世の彼らにとって、人が殺し合う光景は日常茶飯事だっただろう。この戦いで、彼らの記憶は以前にも増して蘇ってきているようだった。

 ともちゃんとしては、これ以上賢哉に関わって欲しくなかった。前世を思い出されては困るのだ。


 だが賢哉はゆっくりと首をった。

「いや、俺も一緒に行くよ。椎葉や、神冷先輩、御堂先輩も頑張っているのに、俺だけ家に帰るとか、ちょっとカッコ悪くない?」

「私は賢哉に怪我をして欲しくないの。お願い、一緒に帰ろう」 

「朋渚の気持ちは嬉しいけれど、一人だけ帰るとかできないよ。たいした戦力にならないかもしれないけどさ、俺はここに残る」

 いつにもなく強い口調で賢哉は言い切った。

「やっぱり……そう言うと思った。私、賢哉のそんなところが大好きだよ」

 ともちゃんは愛おしそうに賢哉を見つめる。彼はいつも優しくて強い人だった。彼は昔もそうやって自分を大切にしてくれたのだ。

「朋渚、なんかどうした? そんなキャラだったっけ? まぁ、嬉しいけどさ」

 ともちゃんに見つめられ、賢哉は照れくさそうに笑った。


 一方の興俄たちは江ノ原と合流していた。

 興俄は少し前に、怪しい男を捕らえていた。捕らえた男は目と口を塞ぎ、手錠とロープで身動きが取れないようにしている。興俄はこの人間の処遇について、江ノ原智広の意見を聞きたかった。この男と対峙した時、言動が明らかに今まで会った暴徒とは違っていた。記憶を読もうとしたが見えない。麻沙美の話では、直接会った事はないが、あの時代に生きた人間の一人だと言う。

「それにしても、この男はどちら側の人間なんでしょう。隣国の息がかかった人間だと推測できますが、もしかすると国内の政策に不満を持つ側の人間か、それとも……」

 もぞもぞと動く男に視線を移した興俄は、神妙な面持ちで尋ねた。江ノ原はやっと対等に話してくれるようになっていた。しかし、彼はまだ自分の前世――大江広元だとは覚醒していない。

 彼は今でも興俄を麻沙美の弟だと思っていた。


「二重スパイという可能性もあるやろうな。状況によって、どちらにでも身を置くつもり。そう兄ちゃんは思てるんやろ」

 江ノ原の言葉に興俄は頷き、続けた。

「ええ、俺はそう睨んでいるんですが」

「いや、それは違う。こいつは三重スパイや」

 江ノ原はゆっくりと首を振った。

「まさか、そんなはずは」

 興俄は愕然として彼を見た。

「こいつの真の狙いは隣国の情報収集。この状況に乗じて、どちらにもダメージを与えて我が国を優位にするのが真の目的や」

 冷静な口調で江ノ原は言い切った。


「しかし、景浦がこいつの身元を調べたんです。日本国籍だったんですよ」

「あのな、日本の年間行方不明者数を知ってるか? 国単位の力が働けば、こんな人間を作り上げることは可能やろ。背乗りなんて古くからよく使われる手法や」

「では、こいつは第三国の人間。中東か、ヨーロッパか、まさか同盟国のアメリカ……」

 呟く興俄に向かって、江ノ原はゆっくりと口を開いた。

「すべての国はいくつかの諜報活動に参加しているってことや。奴らの狙いは日本やない。日本なんか最初から眼中にない。この騒ぎを起こしている国に近づいて、自国の有利になるコマをたくさん手に入れる。それだけや。だいたい世界情勢の紛争に関しては、日本はいつも蚊帳の外やで」

「なるほど。では、やはりここで抹殺しておきましょう」

「いや、待ちや。仲間の居場所は聞いた方がええやろ。いずれにせよ俺達じゃ埒が明かん。それ相応の大人に任したほうがええよ。公安に知り合いがおるから言うてみるわ」

「分かりました。お願いします」

「日本の敵は一国やない。知っているように官公庁が扱う国民の個人情報やデータ、クラウド、サーバーには何故かいくつかの外国企業が絡んでいる。自国だけで扱えないのが一番の問題やけど、そう仕向けている人間が国内にいるってことが一番の問題やろうな。だいたい今回も仕掛けてきたのは一国やないやろ。最初に日本海側で仕掛けてきたのは別の国。その背後で様子を伺っていた他の国が一気に行動を起こした」

「確かにそうですね。敵は一国じゃないと肝に銘じておきます」

 興俄は深く頷いた。


 遠くで爆音が聞こえる。路上には焦げたパトカーがひっくり返っていた。歩道にある自転車や店の看板も燃えていた。

「ここに敵はいないみたいだな。暴れるだけ暴れて次の目的地に行ったってところか」

 険しい顔で御堂が言った。あちこちで煙は上がっているが、人影はない。

 冬華は歩道のポールを見ながら、少しでも頑丈そうなものを選んで御堂の武器を作って手渡した。賢哉は興奮気味に周囲を警戒していて、冬華の武器作りに気が付かない。


 少し進むと運送会社の制服を着ている人が仰向けに倒れていた。慌てて駆け寄るが、頭を撃たれており、すでに息はなかった。黒い髪に血がべっとりと貼りついている。傍には窓ガラスが割れ、荷台が荒らされたトラックが放置されていた。路上には自衛隊員や警察官が血を流して倒れている。


 ともちゃんと賢哉は、路上に倒れている人たちを日陰へと運んだ。不意に車の音がして振り向くと、自衛隊の大型トラックが路肩に停車した。荷台には幌が張られている。車から降りた自衛隊員は、負傷者を荷台に乗せていた。


「すみません、あっちにも怪我した人がいます」

 賢哉が自衛隊のトラックに駆け寄って声をかけた。

「キミたちは何をしているんだ。危ないから早くここを離れなさい」

「危険なのは分かっています。あの店の下にも1人います。すでに亡くなっていましたが、ここから連れて行ってください。絶対にご家族の元へ返してください。お願いします」

 賢哉が頭を下げると、自衛隊員は困惑した顔で頷いた。

「ああ、分かった。教えてくれてありがとう。だが、ここは危険だ。せめて地下鉄の駅に避難しなさい。シャッターは開いているから」

「はい、分かりました。あの、ありがとうございます」

 賢哉はもう一度、深々と頭を下げた。

「え?」

 突然お礼を言われた自衛隊は首を傾げる。


「俺達の国を護ってくれて、ありがとうございます。でも、気を付けてください。貴方の命も大切です」

 賢哉は顔を上げてはっきりと言った。

「あ、ああ。そうだな。こちらこそ、ありがとう」

 自衛隊員は複雑な笑みを浮かべてその場を後にした。


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