第72話 憤激し、憤然と戦う②
鷲は前回と同様、バイクに乗ったまま刀を構えた。バラバラと武装した人間が建物から出てきた。火の勢いは増すばかりだ。煙で視界が遮られる中、鷲はバイクのエンジンを吹かした。刀の柄をしっかりと握りしめ、敵の中に突っ込んだ。
まずは先頭にいた三人を二太刀で切り倒す。呻き、喚きながら敵たちは武器を手に次々に襲い掛かってくる。バイクに乗ったまま身体をひらりと躱した鷲は敵の武器を薙ぎ払いながら、あっという間に五人、六人と斬って斬りまくっていた。炎の匂いと血の匂いが入り混じり、怒号と悲鳴が飛び交った。
鷲に狙いを定め、銃を構えた敵がいる。すかさず武器を手にした御堂が背後から殴りつけた。武器が使えなくなると、ゆかりんが新しい武器を手渡す。冬華も敵が持つ銃を破壊するべく、念じて力をこめる。
ほんの少し前まで普通の高校生だった四人は、武装した人間相手に必死に戦っていた。その甲斐あって、敵の多くは倒れて動かなくなっている。だが、その間にも火の勢いは衰えることなく全てを焼き尽くし、建物全体が炎に包まれていた。
「冬華大変! 隣の家に燃え移りそう!」
ゆかりんの声で、冬華は建物に目を移した。新しい炎が次々と燃え上がり、夜空が真っ赤に染まっている。このままでは周辺の建物にまで火が燃え移りそうだ。
雨を降らせないと――冬華は思った。けれども雨乞いの舞なんて知らない。とにかく集中して、雨が降るように念じてみる。念じてみるが、いつものような感覚が来ない。天候には通用しないのだろうか。一体どうすれば良いのかと、気は焦るばかりだ。
「冬華ならできる。キミにしかできないんだ」
ふっと耳に鷲の声が聞こえた。冬華の緊張が少し和らいだ。彼は続ける。
「キミはいつも僕の心に寄り添っていてくれた。どんな時でも僕を信じてくれた。僕も冬華を信じている。大丈夫、きっとできるから」
彼の言葉が、冬華の耳を抜けて心の奥深いところに届いた。意識がゆっくりとどこかに移動する。子供の頃、初めて力を使った時の感覚に似ていた。
冬華は空を見上げ、右手を天に掲げた。彼女は意図せず、たおやかに舞い始めた。その間にも炎は隣接する民家に迫っている。舞い始めて数10秒後、漆黒の空に浮かんでいた月を、どこからともなく流れてきた厚い雲が覆った。雲はどんどん面積を増し、闇一面を覆いつくす。ポツリ、ポツリと空から水滴が落ちてきたと思う間もなく、雨が降り出した。雨は次第に勢いを増しながら、炎に覆われた建物にも激しく降り注いだ。
滝のような雨が、辺り一帯に降り出した。
「あれは冬華じゃない……みたい。まるで別人だね」
ゆかりんは、雨の中に佇む友人を見つめて呟く。
「なんか、すげぇな」
空から絶え間なく降る雨を見上げながら、御堂がほうと息をついた。
「僕には見えるよ。立烏帽子、水干、単、紅の長袴を纏った彼女の姿が」
最期の一人を斬った鷲が、刀を鞘に収めながら微笑んだ。
火柱は徐々に小さくなり、燻りだした。やがて灰と化した建物の残骸が、ゆらゆらと舞い上がる。先ほどまでの蒸し暑さは一気に消えていた。
「雨、降ったね……」
我に返った冬華が動きを止め、昇って行く煙を見つめた。
「すごいね、びっくりした」
ゆかりんが冬華の隣に立ち、一緒に空を見上げる。雨足は少しずつ弱まり、やがて雲の隙間から月が顔を覗かせた。
「だからできるって言っただろう?」
鷲の言葉に、
「うん、まぁ、そうだったね」
冬華は曖昧な笑みを返した。
「しかし、全員ずぶ濡れだな」
御堂の言葉に、お互いを見ながら苦笑いする。全員、髪の毛から爪先まで海から上がった人のようにずぶ濡れだった。
市役所に戻った四人は、水道で顔や手足を洗った。荷物は予め置かせてもらえていたので、雨に濡れた服を着替える。
「たっくん、怪我してる」
ゆかりんが心配顔で御堂の腕を指さした。見ただけでも左右の腕に三か所の大きな傷がある。
「たいしたことないさ。見た目は派手だけど傷は深くないよ」
「冬華は大丈夫?」
ゆかりんが振り向くと、冬華は既に床の上で眠っていた。
「冬華は力を使うと眠くなるって言ってたよね。あれだけ力を使ったから、かなり疲れたんだと思う。昼間もずっと武器を作ってたし」
ゆかりんは彼女の身体に毛布を掛けた。
「しかし、みんなボロボロだな」
「仕方ないよ。僕らはただの高校生なんだ」
御堂の言葉に鷲が苦笑いする。
「でもお前は平気そうだな」
「まぁ、椎葉くんは義経だから」
鷲が言うより先にゆかりんが答えたので、三人は声をあげて笑った。会議室の床は固かったが、疲れ切っていたのであっという間に眠りに落ちていた。
翌朝、市役所の人への挨拶もそこそこに一行は出発した。その後も、各地で敵が根城にしている建物を探して破壊する行為を繰り返しながら、東へと進んだ。
九州に行った蒲島も、現地で落ち合った仲間と共に要所を抑えているようだ。彼は本来の仕事もあるので、破壊された通信施設の様子を見ながら戻って来ると言う。
東西に分かれて行動していた興俄たちと鷲たちは静岡県で合流した。なぜ、彼らは再会できたのか。それは戦いの最中に鷲が突然叫んだことから始まった。
「うわっ、また何か聞こえる! こんな時にやめてくれ!」
どうやら興俄が鷲の脳内にメッセージを送ってきているようだった。興俄は鷲たちに何度も集合場所を送っていた。
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