第73話 東西合流
「冬華、ゆかりん。無事で良かった」
合流場所に辿り着くと、ともちゃんが駆け寄ってきた。三人は抱き合って無事を喜んだ。
「ともちゃん、怪我は無い?」
「うん、賢哉も無事だよ。連絡したくても携帯が繋がらないと不便だね」
微笑んだともちゃんの背後から、賢哉がひょっこりと顔を出す。
「今まで平和な世界で生きてきたから、連絡を取り合うことがこんなに大変だって気がつかなかったね。まぁ、誰かさんは一方的なメッセージを送って来たけれど」
冬華は興俄を見て苦笑いする。彼は鷲や御堂と言い合いをしていた。
「昔の人たちは、どうだったんだろう」
「それが当たり前だと思っていたから、そのなかで精いっぱい生きたんじゃないかな」
ゆかりんが聞くと、ともちゃんが答える。
「それにしても、こんなことが起こるなんてな。俺さ、すごい場面に遭遇した」
賢哉は終始興奮した様子だ。
「あのさぁ、急に気持ち悪いものを頭の中に送ってくるなよ。何なんだあれ」
御堂は興俄に詰め寄っていた。
「俺は指示を送れるが、報告を受け取ることはできない」
「それって、お前の性格そのものじゃん」
「なんだと?」
興俄は眉を顰める。
「それにしても、こちらはのんびりしていますね。僕なんて、数えきれないほどの敵を斬ってきましたよ」
小馬鹿にしたように鷲は興俄を見るが、彼は涼しい顔だ。
「全て手筈通り、抜かりなくやっている。早ければ良いってものではない」
「改革はスピードが勝負ですよ」
鷲が言い切る。
「どうせ、奇襲攻撃や卑怯な手を使ったんだろう。お前がやっていることは改革ではない。ただ力で上書きしただけだ。いずれ綻びが生じるぞ」
涼しい顔で興俄が言うと、
「でも、肝心の東京はまだ手付かずなんですよね。今まで何やっていたんですか? 総理以下、決定権を持つ人間がことごとく連絡が取れないなんて、どういうことですか? みんな僕と違って指示がないと動けないんですよ」
イライラとした口調で鷲が返した。
「でもさぁ、この前の場所もそうだけど、市役所を襲うって何か意図があるのかな。警察署はなんとなく分かるけど」
ゆかりんが問うと、
「もしかして、日本を少しづつ分割して統治したいとか? 襲った暴徒たちに、襲撃に成功したら、その自治体をやるとかなんとか言って」
冬華が答えた。
「ええ? そんな理由で日本中の町を襲ってるの? 占領したら自分たちの土地になるからって、市役所を乗っ取るの? 日本を分割して統治するって、政府があるんだから、ちょっと無理じゃない?」
ゆかりんが首を傾げる。
「本来なら、非戦闘員である一般市民を攻撃しちゃいけないんだ。まぁ、これが戦時とは言い難いから、国内で暴徒が暴れているていにしておきたいんだよ。気が付いたら日本各地が陥落していた、って言う状況にしたいんじゃないかな。市役所とか県庁とかを襲う理由はよく分からないけど」
鷲が溜息をつく。
「だいたい国の中枢では何が起こっているの? どうして総理大臣が何も言わないの? こんな時は記者会見とかするでしょ。TVはつかないけれど、何らかの方法があるんじゃないの? ずっと黙っているってどう言うこと?」
冬華が強い口調で興俄を見る。
「総理以下の主要閣僚、関係者はここ最近立て続けに起こった水害や地震で連日、総理大臣官邸に詰めているはずだ。一昨日までは官邸での記者会見も行われていた。だが、襲撃が始まった日から何も情報が出てこないとなると、一体官邸内でなにが起こっているのか……おそらくだが」
興俄が全てを言い終える前に、麻沙美が口を開いた。
「江ノ原からの連絡よ。『先ほど不穏な話を耳にした。どうやら日本全土を自国とするなどと、とんでもない法律を成立させようとしている国がある。俺は景浦さんのいる東京へ行く』ですって」
彼女の手にはコピー用紙が握られていた。どうやら、江ノ原とは何らかの通信手段があるらしい。
興俄が先ほど言った総理大臣官邸は、首相官邸とも言われ、千代田区永田町にある。内閣総理大臣が執務に当たっているほか、官房長官や官房副長官など、日本を動かす要職が詰めている場所だ。ここは有事の際に指令拠点となる内閣危機管理センターも備えられている。
「もう待てない。僕が官邸に乗り込みます。このまま日本がなくなるなんて、絶対に我慢できない」
鷲が部屋を出て行こうとすると、興俄が彼の腕を掴んでそれを制止した。
「おい、待て。勝手に行動するな。お前は西だと言っただろう」
「貴方がのんびりしている間に西はほとんど片付きましたよ。みんな、行くよ。今までの歴史を振り返っても、大地震、火山の噴火や飢饉など、辛く苦しい時代を乗り越えてきたんだ。今回だって絶対に何とかしてみせる」
動揺しているみんなを宥めるように、力強く鷲が言った。
「ほう、策はあるのか?」
興俄が聞くと
「何の策もありませんよ。これから考えます。現地に行けば最善の策が思いつく。ここであれこれ言っても仕方がない。とりあえず行こう」
鷲があっさりと言い切るので、一同は『やれやれ、策はないのかよ』と呆れ顔で沈黙した。
「仕方ない、行くぞ」
興俄の一言で、全員が東京に向かうことになった。メンバーは興俄、麻沙美、鷲、冬華、御堂、ゆかりん。
「ちょっと。この中で車の運転ができるのは、私しかいないじゃない。あなたたちがみんな高校生だって、すっかり忘れてた」
傍から見れば、このメンバーは教師と高校生の組み合わせだ。引率の教師にしか見えない麻沙美は深い溜息をついて、車の鍵を手にした。
「僕はバイクで行きますから」
ヘルメットを手にした鷲が、先に部屋を出ようとする。
「いいか。先に着いても勝手に動くなよ」
興俄が鷲の背中に投げかけた。
「もう、何度もしつこいですよ」
「お前には、しつこいくらい言わなければ伝わらないからな」
鷲は興俄の言葉には返事をせず、
「じゃあ冬華、後で会おうね。御堂、頼んだぞ」
鷲は冬華にだけ微笑んで、去って行った。ゆかりんが思わず吹き出したので、興俄はムッとした顔で部屋を出る。他のみんなも後に続いた。
「あ、賢哉は行かなくていいよ」
ともちゃんは、みんなについて行こうとする賢哉の腕を掴んだ。
「え? なんで?」
「賢哉は私と一緒なの。だいたい、北川先生の車にはもう乗れないよ。ゆっくり行こう」
「行くって、電車も動いてないだろ?」
「動くまで駅でのんびり待ったら良いじゃん」
「朋渚さぁ、俺に何か隠してない? ずっと様子がおかしいし」
「だって、日本が攻められているんだよ。おかしくもなるでしょ。普通でいられるわけないじゃん」
真剣な顔で訴えるともちゃんを見て、賢哉は『まぁ、そうか。そうだよなぁ』と言いながら深く頷いた。
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