第71話 憤激し、憤然と戦う①
休憩を挟みながら一時間ほど歩くと、やっと鷲が指定した場所に着いた。
鷲は数人の大人と話していた。市役所の名前が入った作業服を着ている人達の顔は疲労の色が濃い。鷲は冬華たちの姿を見つけると、こちらに向かって歩いてきた。
「先日の地震で多くの被害があったんだ。ここは震源地付近だったから」
「そうみたいだね」
冬華が言葉少なに相槌を打つ。
「ほとんどの住民は、まだ体育館で避難生活をしているんだ。大変な時なのに、ここにも武装したグループが現われたらしいよ。奴らはまず市役所を占拠しようとしたんだけど、なんとか警察が抑えてくれたみたい。ここの警察署も襲撃されたみたいで、被害は他にも多数あるんだ。ああ、それであの人達は市役所の人。前回みたいに敵陣を叩こうと思って、話を聞いていたところ。ちょっと前に遭遇した敵を倒していたら偶然会ってさ」
そう言って作業服姿の人たちを指さした。
「もう一仕事したのかよ。それで潜伏先は分かったのか?」
御堂の問いに、
「うん、出入りを確認したから間違いない。夜討ちがしたいから、日が沈むまで待機しよう」
四人は、役場の人たちと合流した。
「地震の後にこんなことが起こるなんて、参ったよ」
「ここはもう、安全な日本じゃない。戦場だ」
「キミたちは、彼の友人? まだ学生だろう、安全な場所に避難したほうがいい」
蓄積された疲労を顔に浮かべて、市役所の人たちは口々に言った。
「いえ、俺達は大丈夫です。それよりも、暴徒はまだこの付近にいるんですか?」
御堂が尋ねる。
「ああ、たぶんね。街中に出没する連中は野放しなんだ。店を荒らし、人を襲い酷いもんだよ。でも戦える人間がいない。警察官の数も足りない。武装している奴らだから、私達ではどうすることもできなくて。早く応援の警察官や自衛隊が来てくれればいいけれど、どうやら日本全国で似たようなことが起こっているみたいだし、いつになるか分からない。彼が手伝ってくれるって言うから、藁にも縋る思いで頼むことにしたんだけど、本当に……その、大丈夫かい?」
市役所の人たちは、不安そうに顔を見合わせている。
「大丈夫です。僕たちに任せてください。それで、火薬が欲しいんですけど、何かありませんか?」
「火薬……か。夏祭りで使う予定だった、花火ならあるよ」
「それで充分です。全部もらえますか」
「あの建物を燃やすつもりかい? 花火じゃ無理だろう」
「やってみないとわかりません。いただけますか?」
頼みこむような口調で鷲が訴える。
「分かった。これから取りに行こう」
市役所に荷物も置かせてくれると言うので、一行は市役所に向かった。若い男女が、暴徒と戦うと言っても誰も信じないだろうと思っていたが、この非常事態で人々の感覚も麻痺しているようだ。
市役所に着くと、正面玄関のガラスが割れていた。中に入ると、案内板は折れ曲がり、カウンターは破壊され、奥に見える机やキャビネットも倒れている。
「これは酷いですね。中にいた人は、無事だったんですか?」
鷲の問いに、『いや』という短い返事が返ってくる。
「怪我人は、自分たちで近くの病院に運んだよ。でも、助からなかった職員もいる。信じられるかい? 突然武器を持った人間が市役所を襲うなんて」
市役所の人は、段ボールに入った花火をすべて倉庫から運び出し、全て使って良いからと渡してくれた。
「花火を分解してほぐすだけでも本当は違法なんだけどね。キミたちのことは黙っておくよ」
市役所の職員はそう言って力なく笑った。続けて、会議室が空いているから泊っていいと毛布まで用意してくれた。
案内された小さな会議室に荷物を置き、御堂と鷲は花火が入った段ボールを開けて何やら作業を始めた。
「静電気が起きただけでも危ないから、人数は少ない方がいい。二人は外に出てくれるかな」
鷲に言われ、冬華とゆかりんは市役所の外に出た。夕刻にはなったが、まだ夏の日差しが照り付ける。
冬華は御堂の武器を作っておこうと、外の暑さにうんざりしながら、ゆかりんと武器になりそうなものを探し歩いた。
前回の武器は数回使うとダメになっていたので、頑丈そうなものを選んで組み合わせてみる。やはり鉄が一番良さそうだが、たわみも欲しいところだ。それに、重すぎると御堂の負担が増える。先端には返しがあった方がいいのではないか、握り易さをどうするかなどと炎天下の中、試行錯誤を繰り返しながら武器づくりに精を出していた。
そして夜。
鷲が指さした先には、二階建てのアパートが立っていた。御堂は少し離れた場所にいる。双眼鏡でアパートの様子を伺っているようだ。
「このアパートは地震の影響がないんだね」
冬華の問いに、
「少し前に耐震工事をしていたらしいから、地震を免れたんじゃないかな。ここ一帯の襲撃が終わっても、奴らはまた違う場所へ移動する。絶対に逃がさない。このアパートは木造だから、火を放とうと思ってるんだ」
鷲が答えた。
「え? コレって木造なの? でも、耐震工事をしていたら燃えないんじゃ……」
「筋交いに金具やボルトを嵌めてはいるだろうけど、燃えないわけじゃない。崩れにくくはなっているだろうけど、目的は奴らを外に出すことだから」
彼は続ける。
「ここは、昼間にはほとんど人がいなかった。だからさっきこっそり忍び込んで、裏手に色々と仕掛けをしてきた。御堂と火がついたら圧力で爆発する装置を作ったんだよ。これから建物に火を放つ。少しすれば、中にいる人間も出て来るだろう。出てきたところを、一気に叩く。それで冬華、他の民家に延焼しそうになったら、雨を降らせて火を消して」
「雨を降らせる? ええと、それはやったことないよ」
突然雨を降らせろと言われて、冬華は困ったような顔で肩を竦めた。
「大丈夫。昔、あれだけ雨を降らせたんだから。冬華ならできるよ」
鷲は屈託のない笑顔を向ける。
「昔って、いつの話? 鷲くんって時々、根拠のない自信があるよね」
「根拠ならあるさ。僕と冬華が一緒なら絶対に大丈夫。それが揺るがない根拠だよ」
じゃあよろしくと軽い口調で言って、鷲は御堂の元へ向かった。
「よろしくと言われても……」
「頑張れ、冬華」
ゆかりんがポンと肩を叩く。
「いや、だから、頑張れと言われても……」
冬華は困惑した顔で空を見上げた。雲一つない漆黒の夜空に月がぽっかりと浮かんでいる。
雨など一向に降る気配はなかった。
鷲は御堂の横に立った。
「どうだ、敵の様子は分かったか?」
「ほとんどの人間がここに戻ってきている。ざっと三十人ってところだな」
双眼鏡から顔を話して、御堂は鷲の方を向く。
「分かった。御堂、行けるか?」
「ああ。武器もあるし、いつでもいいぞ」
二人は顔を見合わせ深く頷いた。その顔には、怒りと興奮が入り混じっていた。
火を放ったところから白い煙が立ち上る。パチパチという花火の音や、破裂し損なったような爆音が聞こえたと思ったら、火焔が立ち上がった。炎はたちまち火柱になり、建物全体を覆いつくしている。人々の悲鳴と怒号が聞こえた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます