第70話 惨憺たる光景 

 外に出ると強烈な日差しが降り注いだ。日陰を選びながら歩くが、気休めにしかならない。


「僕はバイクで先に行く。暴徒はそこら中にいるみたいだし、気を付けて。次の場所に着いたら、蒲島さんがくれた携帯で連絡するよ」

 ヘルメットを被りながら鷲が告げる。

「分かった。気を付けてね」

 冬華の言葉に頷いてから、彼はバイクのエンジンをかけた。鋭いエンジン音を響かせながら、颯爽と去って行った。

「さて、これからどうするかねぇ」

 鷲を見送った御堂が、ゆかりんと冬華に尋ねる。

「それにしても暑いね」

 ゆかりんが汗を拭う。斎藤さんの家でもらった水は、あっという間になくなりそうだった。


 大通りに出るが、人の姿はない。時折、自衛隊の車両や救急車が通り過ぎる。

「暴徒に会わないことを祈るばかりだな」

 周囲を警戒しながら御堂が言った。

「え、ちょっと! バスが走っているよ」

ゆかりんが振り向いて声をあげた。彼女の言葉通り、背後から路線バスが近づいてくる。

 冬華たちが手を振ると、停留所でもないのにバスは止まってくれた。プシュッという空気が抜ける音がして、ドアが開く。

「出歩いたら危ないじゃないか! 早く乗って!」

 運転手から大声で告げられ、慌ててバスに乗り込む。

「キミたち、まだ学生だろう。危ないから家に帰りなさい。どこまで行くんだ?」

 運転席の後ろに座った冬華たちに、運転手は声をかけた。

「夏休みの旅行中なんですけど、家に帰れなくなって。とりあえず東へ行きたいんです。終点で降ろしてください」

 御堂が答えた。

「バスを走らせて大丈夫なんですか? ほら、あちこちで暴れている人がいるって聞いたから……」

「キミたちのような人が、まだいるんだ。少しでも安全な場所へ運ばないと。鉄道も止まっているし、車がない人もいるからね」

 ゆかりんの問いに運転手が答える。

 乗客は冬華たちを除いて三人。作業服を着た男の人が別々の席に二人とサラリーマン風の人が一人乗っていた。誰も言葉を発しない。ただ、黙って窓の外を見ていた。

 バスは商店街を抜ける。もとから閉まっているのか、この非常事態で閉めているのかは分からないが、どの店もシャッターが下ろされていた。

 バスの運転手は歩いている人を見かけると、速度を落として声をかけた。そうやって、一人、また一人と乗客が増えていった。家族のもとへ帰る人、食料や医薬品を調達した人など乗り込む人の事情は様々だ。

 バスに乗って一時間、乗客たちは途中で降りて、気が付けば冬華たちだけになっていた。

「ここが終点だよ。もう少し先に行くと、地震の影響で車両が通行できなくなっている。どうする? このまま乗っているなら、戻ってあげるよ。行く場所がなければ、うちの営業所にくればいい。寝泊りくらいはできると思う」

「いえ、ここで降ります。ありがとうございました」

 御堂が礼を言うと、

「そうか、くれぐれも気をつけて」

 運転手は片手を小さく上げた。

「運転手さん、怖くないのかな? 暴徒たちがいたら、バスを乗っ取られるかもしれないのに」

 ゆかりんが、走り去って行くバスを見送りながら呟いた。

「自分が動かなければ困る人がいるって思うのかな。地震の時に停電になっても数日後には復旧しているのは、夜を徹して働く人がいるからだよ。あまり考えたことなかったけれど、世の中って多くの人に支えられているんだね」

 冬華がうんうんと頷く。

「私、たっくんと冬華がいなかったら、絶対に家から出なかった。だって何もできないんだもん」

「いやいや、私だって家から出なかったよ。いくら力があっても一人じゃ何もできないし」

「俺も鷲がいなかったら、何もしなかっただろうなぁ」

「そうだよね。椎葉くんがいたから、私達はここにいるんだよ」

 納得したようにゆかりんが言うので、御堂は

「まぁ、そういうことだ。俺たちは主君について行くしかない」

 と笑った。その時、携帯電話が鳴る。


「ほら、噂をすれば」

 御堂が電話に出ると、冬華たちの耳に、興奮気味に話す鷲の声が聞こえてきた。どうやら、暴徒に出くわした後のようだ。


「集合場所の連絡だ。ちょっと先だから、駅に行ってみよう」

 駅に向かってみるが、公共の交通機関は全く機能していなかった。バスの運転手が話した通り、車両は侵入禁止になっている。鷲が指定した集合場所はまだ先だ。

「鷲が来いって言うことは、この先にも暴徒がいるのか? これだけ地震の被害があると分かっていて、ったく容赦ねぇな」

 御堂は周囲を見渡しながら悔しそうに唇を噛んだ。


 三人は道路の中央を歩き目的地に向かった。付近一帯、多くの建物が倒壊している。道の両側に外壁が崩れた工場と思われる建物、屋根瓦が落ちた家屋が並んでいた。火災もあったのだろう、あちこちで焼け跡も目立った。瓦礫の山も見える。


 誰かが襲われたのだろうか、道路のあちこちには血だまりができていた。少し先へ行くと、血を流して倒れている人を見つけた。三人は慌てて駆け寄る。倒れていたのは男性で、会社名が入った作業服を着ていた。呼びかけたが既に息はない。御堂がそっと抱えて、少しでも日が当たらない日陰に寝かせた。


「酷い……こんなの酷いよ。この人にだって家族や大切な誰かがいたはずなのに。どうして何もしていない人をこんな目にあわせられるの……」

 ゆかりんが涙を流しながら呻くように呟いた。冬華は怒りと悲しみが混ざり合い言葉が出てこない。新しい怒りが沸き上がってきて、ただ体が震えていた。

「俺は絶対に許さない」

 御堂の言葉に冬華とゆかりんは黙って頷く。

 横たわる遺体に手を合わせ、三人はその場を後にした。


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