第69話 一宿一飯

「ちょっと。声が聞こえたから顔を出してみれば、あなたたちは学生さん? 外を出歩いたら危ないじゃない。知らないの? ほら、うちに入って、入って」

 斎藤さんは早口でまくし立てて、冬華とゆかりんの手を引いた。


「いや、でも」

「いきなり押しかけたら、ご迷惑じゃ……」

 冬華とゆかりんは戸惑いながら顔を見合わせた。


「ほら、お兄ちゃんたちも早く。バイクは塀の裏にでも置いていいから。ほら早く」

 四人は追い立てられるように家の中に入った。リビングに通され、ソファに座るように促される。


「家の人には連絡したの? ああ、電話が繋がらないのよね。きっと心配しているわね。あなたたち、夏休みの旅行中だったの? とにかく喉が渇いたでしょう。これでも飲んで」

 コップに麦茶を注ぎながら、斎藤さんは心配そうな顔で矢継ぎ早に尋ねる。

「ええ、そんなところです。家に帰れなくなって」

 冬華が曖昧に答えた。

「それにしても、みんな泥だらけじゃない。あら、ちょっと。キミは服に血がついてるわよ。怪我をしたの?」

 斎藤さんは鷲を指さした。確かに彼のTシャツには、赤黒いシミが点々とついている。

「ああ、ええと、これは僕の血じゃないんですけど」

 鷲はどう言えば良いか分からず、言葉少なに答えた。

「とりあえずお風呂に入りなさい。着替えはある? 服は洗濯してあげるから」

 お言葉に甘えて順番にお風呂を借りた。汗もかいて服も泥だらけだったので、とてもありがたい。お風呂から上がると『お腹が空いているでしょう。こんなものしか出せないけれど』と、おにぎりを振舞ってくれた。

「すみません。突然押しかけた上に、食事やお風呂まで」 

「どこの誰かも分からない私達に、こんなに親切にしていただいて、何とお礼を言ったら良いか」

「本当に助かりました」

「ありがとうございます」

 それぞれは口々に礼を述べる。

「いいのよ、気にしないで。それより、外では一体何が起こっているの? 近所の人が買い物に出かけたら、スーパーで暴れていた集団がいたから、慌てて帰って来たって言うし。危険だから、絶対に出歩くなって言う人もいるし。おまけに急に電話も繋がらないし、TVもつかない。警察に駆け込んだ人によると、警察署が襲撃されていたって言うのよ。信じられる? とにかく、何が何だか分からないのよ。あなたたちも大変だったんでしょう。みんな泥だらけだったもの」

「ええ、外で暴れている集団がいるのは確かです。奴らは武器を持っていました。僕たちは何とか逃げましたが、中には犠牲になった人もいました。恐らく日本中で同じようなことが起こっているんじゃないかと思います」

 鷲の言葉に斎藤さんの顔が強張る。

「そう……じゃあ噂は本当なのね」

 部屋は重苦しい空気に包まれた。

「あ、あの。お一人で暮らしているんですか?」

 何か言わなきゃと思ったゆかりんが尋ねた。

「主人は北海道で単身赴任中。大学生の息子がいるんだけど、東京なのよ。親戚……私の兄の家なんだけど、そこで下宿しているの。大丈夫だとは思うのだけど、連絡が取れないでしょう。あなたたちを見かけたら、他人事だとは思えなくて」

「それは心配ですね」

 鷲が案じて言う。


 それから斎藤さんは、家族について話し始めた。冬華たちも、当たり障りのない範囲でここまで来た経緯を話す。

しばらく話し込むと、斎藤さんが時計を見て立ち上がった。

「とにかく、落ち着くまではゆっくりして行きなさい。寝るのはここでいいかしら。布団を運んでくるわね」

「何から何まですみません」


 斎藤さんがリビングを出て行くと、四人はホッとした様子で顔を見合わせた。

「親切な人がいて本当に助かったね」

 ゆかりんの言葉に「そうだね」と冬華が頷く。

「それでこれからどうする? 鷲以外、移動手段がないよな。この状況だし、動いている交通インフラはないだろうし、徒歩っていうのもなぁ」

 険しい顔で御堂が言った。

「でも、ここに留まっているわけにはいかないよ。現状が良くなることは当分ないと思うし。全国にいる自衛隊員が約22万人、警察官が約26万人、海上保安官が1万4千人、他にも公安系の公務員や、腕に自信があって戦える人もいるんだろうけど、敵の人数も分からない中、1億2千万の命を守るには少なすぎる。こちらから奇襲攻撃をかけた側ならともかく、かけられた側だから、対処に時間もかかるだろうし、少しでも敵の数を減らさないと」

 鷲の言葉に一同は黙りこんだ。誰も何も言わないので、鷲が「あのさ」と切り出した。

「僕は明日になればここを出たい。今後も敵の根城を見つけて、一つずつ潰して行こうと思うんだ」


 ああやっぱりと冬華は思った。彼はとにかく戦いたいのだ。罪のない人々が目の前で殺戮される光景を目にした時から彼は決めていた。誰に何と言われようと、一人でも多くの敵を倒したいと。ただ真っ直ぐにそう思っているのだ。彼の決意はきっと、寸分の揺るぎもない。

「私も一緒に戦うよ。さっきみたいに、ドローンは用意できないだろうし、次からは私が建物を破壊する。壊すくらいならできると思うから、鷲くんはその間に敵を倒して」

 冬華が力強く言うと彼は「いや」と言葉を制した。

「冬華の力は破壊と再生のどちらにも使えるから、僕は温存しておきたいって思うんだ。今は国内の至る所に被害がある。できれば修復する方にその力を使いたい。建物の破壊の方法は現地で考えよう」

「そうだね。分かった」

「俺もいるぞ。忘れるなよ」

「私も一緒に行く」

 御堂とゆかりんも言葉を続ける。


 翌朝、身支度をして斎藤さんに別れを告げた。

「本当に行くの? うちは気にしなくていいのよ。あなたたちがいてくれた方が、気も紛れるし」

 斎藤さんは不安そうな顔で冬華たちを見ている。

「少しでも早く家に帰りたくて。いろいろとありがとうございました」

 冬華が頭を下げると、

「確かにご家族は心配しているでしょうね。でもね、何かあったらいつでも戻って来なさいよ。待ってるから」

「はい。ありがとうございます」

「自動販売機も使えるかどうかわからないから、これを持って行って。荷物にはなるけれど」

 と、水が入った500mlのペットボトルを何本か渡された。


 

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