第49話 新たな仲間

 しばらくして冬華が部屋を出ると、玄関の上がり框に腰かけた鷲が靴を履いていた。

「あれ? ゆかりんと御堂さんは?」

「近所の畑に野菜を取りに行った。僕もこれから自転車を借りて買い物に行ってくるよ」

「私も手伝いたい。何か仕事ない?」

「じゃあ冬華はこれ。歩いて二十分ほどのところにコンビニがあるから、振込に行って来て。片側一車線の通りまで出れば、あとはまっすぐ西に進むだけだから迷わず行けると思う」

「分かった。行ってくるね」

 鷲から封筒を受け取って、冬華は外に出た。真夏の日差しが、彼女の肌に照り付けた。


 家から自転車で十五分ほどしたところにスーパーはあった。鷲はメモを見ながら、買い物かごに商品を入れる。

「おい。なぁ、ちょっと」 

 突然背後から声をかけられ、鷲は振り向いた。

「はい?」

「ああ、やっぱりそうだ。こんな所にいたのか。今世ではもう会えないかと思ってたよ」

 白い半そでのワイシャツに紺色のネクタイ、スラックス姿の知らない男が笑顔で立っている。年は二十代後半、色白で髪はスポーツ刈り、丸顔のサラリーマン風の男を見た鷲は、誰だったろうかと考える。高校の先生ではない。愛媛に親戚もいない。


「ええと、すみません。どなたでしたっけ」

「一緒に戦った仲なのに、もう忘れたのか。あんまりだな」


 鷲は男の顔を見つめる。見つめること数十秒、やはり彼が誰だか分からない。一緒に戦った仲だと言った。前世での知り合いだろうか。例え前世で同じ時間を生きた仲間だとしても、今の鷲は出逢った人を全て覚えているわけではない。実際、今世で彼が思い出したのは、御堂と冬華と興俄だけなのだ。


「なぁ、本当に思い出さないのか? 血を分けた兄弟なのに? 何かヒントを出したほうが良いのか? ええと、そうだな……」

 ブツブツと言う男を見て鷲はハッとした。もしかして、と思って口を開く。

「あの、違っていたらすみません。範頼……殿ですか?」

 鷲の言葉に男は「そうだよ」と頷いて続けた。


 源範頼。母親は違うが、頼朝の弟であり、義経の兄。義経と共に平氏討伐に尽力し、頼朝の任を受け忠実に働いていたが、後に疑いをかけられ伊豆に幽閉された人物だ。


「まったく、お前ばかりヒーローになりやがって。俺も活躍したのに、後世に残るこの差は何だよ。俺の最期だって辛いものだったんだぞ」

「それを僕に言われても、なんとも……すみません」

 何と言ったら良いか分からないので、鷲はとにかく謝った。

「まぁ、いいさ。お前、弁慶と二人で日本各地を回っていただろ。あの二人が現世に蘇っているって呟いた人間がいたんだ。それも一人じゃない。見た人が見りゃ、分かるんだろうな。実際、俺も一目見て分かったし。しかしまぁ、随分と男前になったな」

「はぁ、どうも」

「まだ若いけど高校生か?」

「ええ、高校二年生です。それにしても、こんな偶然ってすごいですね」

 鷲が感心したように言うと、

「SNSであの時代が好きな仲間と繋がっていたんだ。その中に、前世の記憶があると言い出した奴がいてな。他のメンバーには怪しまれていたけれど、俺は個人的に連絡を取り合っていた。そうしたら同じような奴らが集まってきて、その中にお前たちを見たっていう人間が現れて。もしかしたらと思って呟いた内容が、同じことを思っていた誰かの目に留まる。今の時代はどこにいても稀有な仲間を見つけられるから便利だよな。実際、俺も仲間と出会ったし。あいつらからお前たちの存在を聞いて、どこかで会えたらいいなとは思っていたんだ。まさかこんな場所で会うとはなぁ。やっぱり俺たちは源氏の兄弟だな」

 誇らしげに彼は言った。

「それじゃあ僕らの旅も無駄じゃなかったんですね。まさか気づいていた人がいたとは驚きです。でも、あの人に居場所がバレないといいのですが。僕はまた、あの人に追われているんですよ。ここにいることは仲間の方にも内緒にして欲しいんですけど」

 鷲の言葉に彼は眉を顰めた。

「あの人? ああ、あの人もこの時代にいるのか。まぁ、そんな予感はしてたけどな。ここは四国だから、気づかれないんじゃないか。あの人はまた北にでも逃げたって思ってるだろ。とにかく連絡先を交換しよう。何か力になれると思う」

 彼はスマホを取り出した。

「今、スマホ持ってないんです。友人の家に置いてきてしまって……。それに、僕にかかわらない方がいいと思います。あの人が知ったら前世の二の舞になりますよ」

「おいおい、あの人はそんなにすごい人間なのか?」

「一緒に行動している妻が、転生者を見分けられるんです。出会ってしまえば、貴方や仲間の存在にすぐに気づく。それに、あの人は良からぬことを企んでいるんです。関わるとロクなことがない」

「げっ、あの妻もいるのかよ。それはなかなか厄介だな。そうだ。お前、行く場所が無かったら、俺の所に来るか?」

「お言葉は有難いんですけど、僕は今、一人じゃないんです」

「みんなまとめて面倒見てやるよ。ほら、俺の名刺」

 鷲が申し訳なさそうに言うと、彼は名刺を差し出した。通信関係の仕事をしているらしい。全国に支店があるようだ。役職には係長と書かれている。

「まぁ、いつでも連絡くれよ。俺はたまたま仕事の出張でここにいるだけで、家は愛知県にあるから。ああ、俺の名前は蒲島範武かばしま のりたけよろしくな」

「僕は椎葉鷲です。ありがとうございます。また連絡します、蒲島さん」


 蒲島と別れた鷲が自転車で帰っていると、コンテナを運ぶ御堂の姿を見つけた。

「御堂、お疲れ。頑張ってるね」

「おお、老後はこういう場所に移住するのも悪くないな」

 御堂が両手に持っているプラスチック製のコンテナには、色とりどりの夏野菜が入っていた。


「あれ、菜村さんは?」

 自転車から降りて鷲が聞く。

「先に帰った。このくらい俺一人で運べるから」

 コンテナを下ろし腕で汗を拭うと、御堂はまたコンテナを持って歩き出した。

「あのさ、さっき懐かしい人に会ったんだ」

 鷲は自転車を押して歩きながら、先程会った源範頼、現在は蒲島範武の話を始めた。


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