第50話 こちらにも新たな仲間

 時は少し遡る。

 とある建物内には興俄と麻沙美がいた。

「麻沙美が集めた人間は、これだけか」

 興俄は麻沙美に渡された紙を眺めている。そこには十名足らずの氏名、年齢、住所などが書かれていた。彼女が先生と呼ばれるのを嫌がるため、ここ最近、興俄は北川先生を麻沙美と呼ぶようになっていた。


「これだけでも大変だったのよ。同じ時代に、同じ国にそう年齢差もなく生まれ変わるって、確率的にはかなり低いんだから。時代が違うのはもちろん、外国にいたり、まだ赤ちゃんだったりするんだから。とりあえず味方になりそうなのはそれだけ。少しは私の努力を褒めてよ」

 麻沙美が口を尖らせて言うと同時にドアが開いた。入ってきた男を見て、彼女は表情を和らげる。

「あら、ちゃんと来れたのね。来なかったら迎えに行こうと思っていたのよ」

「麻沙美ちゃん。こんな山奥、分かりにくいわ」

 金髪で日焼けした顔、貫禄のある体格、年は三十代半ばの男が麻沙美に向かって白い歯を見せて笑った。


「お前は中原……大江おおえの広元ひろもと……」

 興俄の呟きに、男は怪訝な顔をした。 


 大江広元、もとの名は中原広元。頼朝の側近で有能な文官である。頼朝の死後は、政子や北条の人間と共に幕府の重要な役割を担った人物だ。


「誰だお前。高校生か? 高校生の兄ちゃんが、こんな所で何しとんねん。ああ、麻沙美ちゃんの弟か」

「覚えていない……のか?」

 興俄はそう呟いて麻沙美の方を向く。

「この男は本当に大江広元なのか。かなり前とイメージが違うんですけど」

「一度は覚醒したんだけど、すぐに戻ったのよ。とりあえず、エンジニアの仕事があるからってここに誘ったから、話を合わせてちょうだい。まぁ、現世での生活がよほど心地良いんでしょうね」

「覚醒した方が一緒に仕事をやり易いんですけど、困りましたね」

 興俄はもう一度、男の昔の名を呼んだ。


「おい、大江広元」

 興俄が呼ぶと男は眉を顰めた。

「ひろもと? 誰やねん、それ。俺はともひろ。江ノえのはら 智広ともひろ。高校生のクセに大人を呼び捨てするなんて、生意気なガキやな。俺は麻沙美ちゃんに呼ばれてここに来たんや。なかなか面白そうな仕事やったし。それにしても、なかなかええ所やな」

 江ノ原広元が興味深そうに部屋の中を見回す。その時、ドアが開き眼鏡をかけた目つきの鋭い男が入って来た。興俄が信頼している警察官、景浦清孝(梶原景時)だ。


「あんたも呼ばれて来たん?」

 江ノ原智弘は景浦に声をかける。

「ええ、お久しぶりです」

 景浦が丁寧にあいさつすると、江ノ原智広は首を傾げた。

「ええと、誰や? どこかで会ったか?」

「覚えてらっしゃらないなら結構です。昔の話ですから」

「あんた、人に嫌われるタイプやろ。一目見て分かったわ」

「は?」

 今度は景浦が首を傾げる。

「俺はあんたみたいな人間、わりと好きなんやけどな。賢そうやし」

「それはどうも」

 景浦は短く答えて、興俄に近づいた。

「よく来たな。それで、あいつの居場所は分かったか」

「小賢しいマネをしていましたが、やっと見つけました。場所は四国です。しかし、やはり貴方にはそのように話してもらわないと、敬語は慣れません。それと静ですが、目撃した人間によりますと……」

 景浦がコソコソと耳打ちをする。それを聞いた興俄はにやりと笑った。

「そうか。それは会うのが楽しみだ。早速だが、場所は四国のどこだ。監視はいるんだろうな」

「潜伏先は愛媛県です。監視役には、彼女は家出中なので絶対に接触はせず、常に居場所だけを把握するようにと依頼しています」

「愛媛……あいつは伊予守にでもなったつもりか。とにかくおまえはこれから……」

 話を聞いた興俄がいくつか指示を出す。立ち去った景浦を見て麻沙美が言った。

「ねぇ。あれって梶原景時でしょう? あの人を呼ぶと、色々と面倒にならない?」

「あいつは、俺のために汚れ役を引き受ける貴重な人材です。ただ、大江以外、他の仲間との接触は避けた方が賢明でしょう。今後も彼は単独で行動してもらいます」

「まさか、貴方の力を知っているもう一人って、あの人だったの?」

「彼には色々と動いてもらっていたんです。椎葉と御堂が一緒にいるとなると、他に仲間がいるのかもしれない。あいつらが何を企んでいるのか、ずっと探らせていた。本業は警察官なので色々と役に立ちました。とにかく大江広元、いや、江ノ原智広は麻沙美に任せます。俺の話は聞かないようだから」

「分かったわ」


「それよりも、まだいるんですよね。ここに呼び寄せるべき人間がいる。俺には分かるんですよ。麻沙美がずっと何かを隠しているって」

 興俄はじっと麻沙美を見る。

「ええと何の話? 必要な人間は集めたでしょう。それより、貴方の方はどうなの? 時間はあまりないのよ。予定通りに進めないと貴方の野望は叶わないって分かってるの?」

「まぁ、それは手筈通りに進んでいますよ。それよりも俺が貴女の心を読めないとは言え、不審な言動があれば気が付きます。他に仲間がいるんだろう? 誰がいるんだ? なぜ隠そうとする」

 語気を強めて彼は麻沙美に詰め寄った。


「でもね、あの子は何も知らない。あなたに親心があるのなら、そっとしておいてあげましょう。ね?」

「あの子……俺達の子供ですか。なるほど、それは使える。呼んできてください。麻沙美がやらないなら、俺が直接話をつける」

 有無を言わせない態度に、麻沙美は小さく溜息をつき、全てを白状した。

「なるほど。それにしても、そんな肝心な話を今まで黙っていたとは。どこまでも、信用ならない人だ」

 話を聞いた興俄は不機嫌な顔で言い放った。

「私はただ、あの子を巻き込みたくなかっただけよ。それで、静を捕らえに行くの?」

「勿論です。あの子も呼んできてください。彼女をおびき出すのには好都合だ」

 そう言って彼は冷たく笑った。


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