第48話 束の間の休息②

「俺、何か手伝います。力仕事なら何でも言ってください。丈夫なだけが取り柄ですから」

 家に帰るなり、御堂が庭にいた祖父に声をかけている。

「御堂さん張り切ってるね。ここに残って、稲刈りのお手伝いとかしそうな勢いだよ」

 楽しそうに冬華が言うと、

「いや、丈夫そうな彼氏って言われたのが引っ掛かっているんだろう」

 鷲が苦笑いする。

「それで、どうして興俄先輩に追われているの?」

 ゆかりんが尋ねた。

 冬華は「それはね」と、己の力について話し始めた。加えて興俄先輩にも力があること。彼は冬華の力を必要としている。だから追われていると説明した。

「でもやっぱり実際に見せた方が良いよね」

 落ちていた小石を二つ手に持ち、以前鷲たちに見せたように一つにまとめて見せた。

「え? え? なんで?」

 ゆかりんが目を瞬かせる。

「この力があるから先輩に追われているんだ。先輩は何かを企んでいて、私を仲間に引き入れたいみたい」

「確かに冬華が凄いって分かったけど……手品みたいだね」

 ゆかりんが困ったように微笑んだ。

「俺も似たようなものだよ。何回聞いても、理解はできない。こればっかりは、できる人にしか分からないんじゃないか?」

 いつの間にかそこにいた御堂が、首を振る。

「だから、私自身も説明できないんだって」

 冬華が困ったように笑うと、

「僕は理解できるよ。冬華のことは全て」

「鷲くん……」

 見つめ合う二人を見て、御堂とゆかりんが盛大な溜息をついた。


「結局、そうなるのかよ」

「やってられない」

 御堂とゆかりんが呆れた顔を見合わせる。

「私、麦茶でも入れてくるね」

 ゆかりんは家の中に入って行った。

「これであいつを倒せたら言うことないけどな」

 御堂が溜息をつく。以前、興俄に対して使った力が己に跳ね返ったので、彼女の力は人を傷つけることはできないようだった。

「ごめん。モノは分解できるんだけど、人とか動物とかを傷つけたりはできないんだ。植物は破壊できるのに何故だろう。あと、傷ついた動物は治せるけれど、人間はダメみたい。自分でも境界が分からない。人間の身体って不思議なコトばかりだよね。最初はどこから発達したんだろう。脳とか心臓とか腸管なんて説もあるみたいだけど、どうして人間になったのかとか、どこからが動物かとか、分からないことばかりだよ」

 冬華が肩を落とすと、鷲がまぁまぁと慰める。

「植物と動物の違いっていろいろあるからさ、相手を破壊できる・できないの境界が何かあるんだろうね。意志があるかどうかとか、栄養を他者から取り込むかとか、動けるかとか」

「じゃあさ。ちょっと、試しに俺の腕を傷つけてみてよ。擦り傷くらいでいいから。もしかしたら、訓練次第で克服できるようになるかもしれないだろ」

 御堂が逞しい左腕を差し出した。

「え? それは、ちょっと……。御堂さんが怪我しても、私、責任とれないよ」

「もし傷ついても平気だって。俺は丈夫なだけが取り柄だから」

「まだ根に持っているのか。お前、結構しつこいな」鷲が苦笑いする。

鷲の言葉は無視して、御堂は戸惑う冬華に腕を突き出した。

「ほら、ほら」

「わ、分かったから、ちょっと待って」

 冬華は目を瞑って、御堂の腕に己の掌を重ねた。深呼吸して念を込める。そしておよそ10秒後。


「いたっ」

 冬華は声をあげると同時に、御堂から離れた。彼女の腕には一筋の擦過傷ができていた。

「やっぱり無理か。念じた力が自分に跳ね返るんだな」

「こんなの訓練していたら冬華が持たないよ。コレは諦めよう。腕、大丈夫?」

 鷲が心配そうに傷口を覗き込む。

「擦り傷だから大丈夫。でもね、世の中にある全てのモノは、深い所では繋がっているような気がするんだ。物でも人でも、奥に進めば進むほど単純なものになる。それを私たちはいちいち複雑にしているだけじゃないかなって思う。深い所で話しかければ、どんなモノでも答えが返ってくるんだよ。動物や植物、個体でも液体でもこの地球でもね。ただこちらの希望通りに反応してくるかどうか、差があるんだよね。やっぱり人間が一番複雑だね」

冬華はそう言って、溜息をつく。

「確かに太古の人は、超能力めいたものが使えたって話があるよね。文明が発達して、世の中が便利になりすぎて、そう言った能力はどんどん衰えてきたみたいだけど。何かを手に入れれば、何かを手放さなきゃいけないんだよ。きっと」

 鷲の言葉に二人は頷いた。


 ここに来て、四日が経った。


 前世を覚醒してから、冬華はますます力が使えるようになっていた。それまでは控えめな彼女の性格故かあまり使わなかった力も、静として目覚めて増幅されたようだ。潜在意識の現れ方が顕著だった。彼女自身、持て余しているところもあった。今までは直接触れなければいけなかったモノへの働き掛けも、離れた場所から遠隔操作が行えるようにまでなっていた。

 鷲は興俄が欲している力の偉大さを痛感した。あの人が持っている人心掌握術と彼女の力を統合させれば、この世界さえ手に入るのだろうと思った。だが、彼女はそれを望んではいない。


 昨年の今頃は夏休みを満喫していたな、と冬華は思った。補習があるから学校に行って、ともちゃんやゆかりんとくだらないことで笑って騒いでいた。たった一年前の事なのに、ものすごく昔のように思えた。


「でもさ。どうしてみんな同じ高校にいるんだろう。普通の公立高校だよ。なんかこう、歴史上の人物が集まるなら、東京の有名私立校とか超難関校とかだと思った。年が近いのもすごいよね」

 ゆかりんが言うと、

「もしも亡くなった人に魂があったとしたら、その思いが通じたんだと思うよ。広い宇宙の中に彷徨っていた魂達が、いつかまた同じ時代に会おうって願っていたんじゃない? 僕はその人が本当に必要としているメッセージは、本人の意図しないところでダイレクトに受け取っている気がするんだ。ほら、ふと耳にした全く知らない歌の歌詞が突き刺さったり、何気なく見た動画で誰かが言った言葉が、妙に心に残ったりするみたいな。きっと僕達も何かに引き寄せられて集まったんだろうね」

 鷲が答える。

「どこで会うかじゃなくて、誰と会うかが大事だったんだよ。だいたい私、どんなに頑張っても有名私立校や超難関校には絶対入学できないし」

 冬華も苦笑いした。


 ゆかりんが『ああそうだ』と思い出したように口を開いた。

「しばらくはおじいちゃんの所にいるって言ったから、みんなも遠慮しないでここにいて良いからね。おじいちゃんたちも喜んでいるし」

「ありがとう。そう言えば、御堂さんの御家族は心配してるんじゃない? 受験生だし、補習だって一度も行ってないよね」

 冬華が尋ねる。

「俺は進学せず、店を継ぐって言っているから大丈夫だ」

「その時は私もお店を手伝うよ」

 すかさずゆかりんも答えた。

「二人とも、まるで新婚夫婦みたいだね」

 冬華がにやりと笑う。

『えっ』

 御堂とゆかりんは顔を見合わす。そして、

「もう冬華ったら、いきなり何を言い出すの!」

 ゆかりんが顔を赤らめて部屋を出て行くと、御堂も彼女を追いかけた。


「鷲くんは大丈夫なの? 夏休みに家族と会ったりしないの?」 

「姉には友達と旅行するからって伝えてる。もともと夏休みだからって両親が日本に帰ってくる予定もなかったし」

「そっか。それにしても、これからどうする? いくら良いと言われても、いつまでもここにお邪魔するわけにもいかないよね」

「そうだよね。泊まれるだけでもありがたいのに、三食ご馳走になっているわけだし。かと言って高校生が長期滞在できる場所もお金もない。戻ったところで、あの人と戦わなきゃいけない」

 ふうと二人が溜息をつくと、

「鷲、ちょっと買い物に行ってくれよ」

 御堂が彼を呼んだ。

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