第30話  別れの予感

 翌日の昼休み。


「冬華、元気ないね。やっぱり具合が悪いんじゃないの?」

 朝から元気のない冬華に、ともちゃんが声をかける。


「興俄先輩とは、もうダメだよ」

「何なのいきなり。あれだけ愛されているのに。昨日だって廊下で話してたじゃない」

 ともちゃんが呆れた口調で返した。


「最初から愛されてなかったんだよ。私のことをバカにして面白がっていただけ」

 項垂れたまま、呟いた。


「冬華、どうした?」

 ゆかりんが冬華の顔を覗き込む。


「どうしたらいいか……分からなくなった」

「先輩と何かあったの?」


 質問をしたともちゃんは、心配そうな顔で冬華を見る。二人に見つめられ、冬華は重い口を開いた。


「興俄先輩と北川先生は、ずっと前から付き合っていたんだって」

「えっマジ? それって淫行じゃん。犯罪でしょ」

 ゆかりんが大声をあげる。


「ちょっと、ゆかりん。声が大きいって」

 ともちゃんが咎めるように言い、口に人差し指を当てた。


 冬華は、昨日二人と別れてから北川先生に呼び止められたことや、車内で聞いた話を伝えた。力のことは説明すると長くなるので、黙っていた。北川先生から先輩とは相思相愛で、彼の全て知っていると言われたと二人に告げる。


「きっと先輩に夢中になっている私を見て、二人で笑っていたんだよ」

 力なく言って、また項垂れる。


「興俄先輩には確かめたの? 二股掛けていたんですかって」

 真剣な顔でともちゃんが聞くと、冬華は頷いて続けた。

「実は一昨日、二人がキスしてたのを見たんだ。先輩に聞いたら、先生とは腐れ縁だって言ってた。私と付き合う前から二人で逢っていたのは、間違いないと思う。実際に見たわけだし」

「何それ。どういうつもりなんだろうね。冬華を馬鹿にしてさ、許せない」

 いつもは温厚なゆかりんが、怒りをあらわにしている。

「私たちは冬華の味方だからね。まずは先輩と話して、きっぱり先生と別れてもらいなよ。『俺はどっちも好きだから』なんて都合のいいことを言われたら、さっさと見切りをつける。そんな男、こっちから振ったらいいよ。分かった?」

 力強く言う二人を見て、冬華は泣きそうな顔になった。


「ありがとう。先輩とはもう無理だと思う。ずっと騙されていたんだし。今度会ったら、きっぱりと別れるよ」

「頑張れ。愚痴ならいつでも聞くからさ」

 ともちゃんが、冬華の肩にぽんと手を載せると、


「それで、私に御堂さんを紹介してね」

 ゆかりんが笑顔で付け加えた。

「ちょっと、ゆかりん。それ、今言う?」

 ともちゃんが呆れ顔でゆかりんを見る。

「いや、少しでも明るい話題に変えた方が良いかなって思って」

 ゆかりんが頭を掻いて笑うと、冬華もつられて笑った。


「これから、どうするの? 決めたのなら、早く伝えた方が良いと思う。ずるずると引き延ばしても、冬華の大事な時間がもったいないだけだよ」

「私達が先輩を呼び出してあげようか。放課後にでも話し合ってみる?」

「うん、そう……だよね。早い方がいいよね」

 冬華が頷くと、二人は、今から行ってくると教室を出て行った。


「神冷先輩って最低だね。見損なった」

「ホント、そんな人だとは思わなかったよ。北川先生と付き合いながら、冬華もキープしておこうってコトでしょ。なんなの、それ。絶対に許せない」

 ともちゃんとゆかりんは、不快感を露わにして三年生の教室へ向かった。教室に着くと、ちょうど廊下側の窓が開いている。二人は廊下から教室の中を見回した。


「御堂さんだ。やっぱり素敵。ほら、ともちゃん、あの人が御堂さんだよ。背が高い方ね」

 ゆかりんが、同級生と談笑している御堂を指さす。

「ああ、あの人か。確かに、ゆかりんのタイプだね。じゃなくて、私達は神冷先輩に会いに来たんだって。ええと、教室にはいないね」

「あ、そうだった。神冷先輩は……と。あ、いた」

 二人は、廊下の向こうから歩いてくる興俄を見つける。


「やっぱりあの人、威圧感があるなぁ。ゆかりん、覚悟はいい? 一緒に冬華の想いを伝えるよ。まずはどうやって言うか考えないと……すみません、冬華の友人としてちょっといいですか……いや、おかしいかな……ここはシンプルに……」

「私、伝えてくるね」

「え? ちょっと」

 ともちゃんが悩んでいるのをよそに、ゆかりんが駈け出して、興俄に要件を伝え始めた。驚いたともちゃんが、二人の前に着いた時には既に、要件を話し終えたゆかりんが『興俄先輩、放課後、オッケーだって』と笑顔で言った。



放課後、意を決した冬華の前には興俄がいる。友人達が、人気のない校舎裏に呼び出してくれたのだ。


「友達に頼んで呼び出すなんてどうした? 話があるなら、直接連絡すればいいじゃないか」

「先輩にお話があります。私……」


冬華はまっすぐに彼を見た。北川先生に全てを聞いたので、別れて欲しいと言いかけると、彼が言葉を被せてきた。


「でも丁度良かったよ。俺も冬華に話があったんだ。日曜、空いてるか? 一緒に出かけようと思うんだけど」

いつものように微笑まれ、冬華はおずおずと尋ね返す。

「空いてはいますけど……ここで話はできないんですか?」

きっぱり話して、早く別れたかった。だが彼は、

「いや、ここじゃダメだな。冬華とはあの場所で話がしたい」

「あの場所? えっと、どこへ行くんですか」


 別れ話を切り出すのだ。出かけるにしてもあまり遠くない方が良い。そう思ったが彼の返答は、突拍子もないものだった。


「神奈川県だよ」

「神奈川……ですか? 私はもっと近場が良いんですけど」

「どうしても冬華と行きたい場所があるんだ。そろそろ一緒に行ってもいいかなって思ってさ」


 彼の声は嬉しそうに弾んでいた。冬華が別れ話を切り出すとは、微塵も思ってないようだった。


「ええと、神奈川県に、先輩が行きたがっていたテーマパークってありましたか?」


 神奈川県へ行くには、ここから電車で数時間はかかる。冬華は神奈川のデートスポットを思い浮かべた。八景島シーパラダイス、赤レンガ倉庫、中華街、みなとみらい駅周辺……。  


「テーマパーク? 行くのは鎌倉の鶴岡八幡宮だよ」

「え?」

 どこだろうかと考える。行ったことも、聞いたこともない場所だった。


「冬華の話はそこで聞こう。俺も大事な話があるから」

「北川先生の話なら……」

 何度も同じことを聞かされるのは、ごめんだった。


「北川先生? あの人とは何の関係もない話だけど。ああ、なんか言われたのか。昨日もそんなことを言っていたな。あの人はちょっと面倒な性格だから、気にするな。俺の話は、二人だけの大事な話だ。俺達だけが成し得ることのできる話。先生に何を言われたのかは知らないけれど、俺にとってお前は特別なんだよ」


彼は微笑んだ。何か思惑があるような笑顔ではなかった。本当に、冬華とデートをするつもりのようだ。


「わかりました」

冬華は固い表情で頷いた。彼の言う大事な話が何か、全く思い当たらなかった。



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