第29話 疑惑の先生と対峙
放課後、様々な気持ちを抱えたまま、冬華は正門を出た。彼女を心配して、ともちゃんとゆかりんがなんとか笑わせようと話しかけてくれる。友人の優しさが身に染みて有難かった。いつも二人に助けられている。二人が困っている時、自分は手を差し伸べているのだろうかと思い返す。
とぼとぼと歩いていると、背後からクラクションの音がした。振り返ると白色のスポーツカーに乗った女が、運転席からこちらを見て手を振っていた。サングラスをかけ一見しただけでは誰か分からない。
「夢野さん、夢野冬華さん」
名前を呼ばれ、訝しがりながら車に近づいた。
「北川先生……」
「ちょっとドライブでもしない? あなたに話があるの」
そう言いながら、北川麻沙美は助手席のドアを開けた。
「ほら、早く乗って」
言われるがまま車に乗りこむ。車が動き始めると、冬華は勇気を奮い立たせて話を切りだした。
「話って、神冷先輩のことですよね。先生は先輩の何なんですか?」
「まぁまぁ、落ち着いて」
微笑みながら、北川先生はアクセルを踏み込んだ。冬華は窓の外をぼんやりと眺めた。派手な看板がいくつも通り過ぎる。やがて車はホームセンターの駐車場に入った。先生は人目につかない端の方に車を止めた。店舗近くに買い物客の車がまばらに見えるだけで、広い駐車場はがらんとしている。
「あなたとは、一度ゆっくり話がしたかったの」
車を止めた北川先生は、冬華の顔を覗き込んだ。
「あの、さっきも聞きましたけど、先生は神冷先輩とどういう関係なんですか。私、先輩と付き合っているんです。でも昨日二人を見ました。あれは先生と生徒の関係じゃなかった。どういうことなのか説明してください」
厳しい表情の冬華とは対照的に、北川先生は穏やかに微笑んでいる。
「あなたには誤魔化しがきかないようね。じゃあ、単刀直入に言うわ。私と彼は相思相愛なの。私は彼の全てを知っている。きっとあなたの知らない彼もね」
先生は穏やかな口調で、諭すように告げた。
「つまり……二人は付き合っているんですよね。先生なのに、生徒を
単刀直入に告げられた冬華は、固い声で咎めるように言った。
「誑かす? 犯罪?」
北川麻沙美は目を丸くする。そして声をあげて笑い出した。
「何が可笑しいんですか!」
馬鹿にされていると思った冬華は、声を荒げる。
「いえ、相変わらずはっきりと言うのね。頼もしいわ。あのね、誑かすって言うのは相手を騙して欺く事よ。私は彼を騙してもいないし、彼に何の嘘もついていない。彼の意志で私の傍にいるの。まぁ確かに今は年齢的に犯罪なのよね。こればかりはどうにもならないから、仕方ないんだけど。でもこれだけはっきり言っておきたいんだけど、あなたでは彼の恋人は無理なのよ。夢野さんが本気になりそうだから、先に教えておこうと思って」
もしかしたら、ごまかされるかもしれない。はぐらかされるかもしれないと思っていた。しかし、こうもはっきりと言われると、冬華には反論する余地すらなかった。
「そう……ですか……先輩は、最初から私なんて好きじゃなかった、と。もういいです。分かりました。車、出してください。家に帰りたいです」
冬華が絞り出すように告げると、北川先生は穏やかな笑みを浮かべて車のエンジンをかけた。
「彼は別に、夢野さんが嫌いなわけじゃないのよ。あなたを仲間にしたかっただけなの。だから、手っ取り早い方法で近づいた。でもね、神冷くんを本当に理解できるのは私だけなのよ。それに、あなたにはもっと相応しい人がいるでしょ。そろそろ気がつく頃じゃない?」
「え?」
なぜか冬華の脳裏に鷲の顔が過った。慌てて頭を左右に振り、その姿を打ち消す。
「ほら、誰か浮かんだんでしょ。だから神冷くんとはそろそろ終わりにしなきゃね」
何もかも見透かしているような顔で、北川先生は微笑んだ。その横顔を見て冬華はムッとする。
「そんな人いません。先生の話は分かりました。先輩にはもう会いません。あ、そう言えば先輩が人の心を操れる力があるって、先生も知っているんですよね。先輩は自分の秘密を知っている人間が二人いるって言っていました。信頼できる人だって。あれは先生のことですよね」
「そうよ。彼は私を信頼しているから。って、え、今二人って言った?」
北川先生は怪訝な顔で冬華を見つめる。
「ええ。私を含めて三人いるらしいです……けど」
余計なことを言ったのだろうかと思ったが、冬華にとって今はどうでも良かった。先輩に彼女がもう一人増えたところで、もう驚かない。一方の北川先生は小さく溜息をついた。
「まぁ、それはいいわ。あのね、彼の力は優れてはいるけれど、特定の人間にはあの力が通じない。私やあなたのように、ある記憶を持った人には通じないのよ」
北川先生はそう言いながら車を発進させた。冬華は「え?」と首を傾げる。
「ある記憶ってなんですか? 先輩はバグのようなものだと言っていましたよ。だいたい私、そんな記憶なんて持っていませんけど」
「あなたに話すのは時期尚早だと思ったんでしょ。いずれ分かるわよ。それより、神冷くんが困ったときには、力を貸して欲しいの。恋人としてではなく、一人の人間として」
「平凡な私が先輩を助けるなんて、有り得ません。先生たちは何がしたかったんですか? 悪趣味にもほどがあります。私が先輩に夢中になるのを見て、二人で笑っていたんでしょう」
この人はさっきから何を言っているんだろうと、不信感をあらわにして口を尖らせた。
「笑うだなんて。少なくとも私はあなたが好きよ。その芯の強さや、物おじしないところがね」
「全く意味が分かりません。ここで止めてください」
「あら、家まで送ってあげるのに」
「結構です。早く停めて」
北川麻沙美が何を言いたいのか、冬華にはさっぱり分からなかった。ただ、興俄先輩と北川先生は、ただの生徒と教師ではないではないという事実だけは分かった。二人にとって、自分が邪魔者だとはっきりした。
家にはまだ程遠い距離だったが、冬華は車を降りた。重い鞄を抱え直して、またとぼとぼと家路へ向かった。
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