第25話 僕は何時でも勝ちに拘るよ

 ただならぬ二人の気迫を見た冬華は、半ば逃げるようにその場から離れた。

 速足で祭りの喧騒紛れ、人込みをかき分ける。自分の知らないところで何かが起こっているような気がした。それが何かは分からない。ただ不安だった。

 神社から離れ、しばらく行くと日常の風景が戻って来た。俯き加減で歩いていると、目の前にあった人影にぶつかりかけて思わず目を閉じた。


「おっと危ないよ。大丈夫?」


 男の声がして目を開けると、見覚えのある人物が立っていた。


「御堂さん……」

「俺の名前、知ってるの? これはこれは光栄なコトだ」


 御堂嶽尾は軽く笑うと、冬華の顔を覗き込んだ。彼女は目に涙を浮かべている。


「おいおい。なんかただごとじゃなさそうだな。そこの公園で話そうか、愚痴なら聞くよ。こういうの懐かしいねぇ」

「え?」

 彼の言っている意味が分からず、冬華は首を傾げる。


「いや、なんでもないよ。公園のベンチにでも座ってて、すぐに行くから」

 冬華は御堂に言われたまま公園のベンチに腰掛け、背もたれに身体を預けた。


「ほら、これでも飲んで元気出しなよ」

 戻って来た御堂がペットボトルに入った緑茶を手渡し、隣に座った。


「あ、ありがとうございます」

 名前しか知らない彼が、どうしてここまでしてくれるのか冬華には分からなかった。しかし、この場から立ち去りたい感情もなかった。冷えたペットボトルを受け取り、蓋を開けて緑茶を口に含む。ゆっくりと嚥下すると、何故だか心が軽くなった。


「少しは落ち着いたかな」

 御堂の問いに彼女は頷く。

「迷惑をかけて、ごめんなさい。御堂さんとは初めて話をするのに、ここまでしてもらって。あの、何て言ったら良いか……」

「いいって。気にしない、気にしない。それよりも何があったの? 夢野さんって神冷の彼女なんだよね。あいつになんかされたんでしょ」

「あんな……あんなの、酷い」


「は?」

 冬華の呟きに御堂が険しい顔をする。


「ファーストキスだったのに……先輩……まるで別人だった」

「ええと、神冷に無理やりキスされた、と。そりゃ嫌だろうね。最悪だ。よく分かるよ」

 御堂の言葉で冬華は、はっと俄に返った。

「あ、ご、ごめんなさい。あまりにもショックで……つい。どうして話しちゃったんだろ」


 冬華はどうしてこの人に話をしてしまったんだろうか、と思った。目の前にいる大柄な上級生が、何故か友人達に抱く感覚と似ていたのだ。


「もうすぐ椎葉が来るからここで待ってなよ。あ、でも今の話は、椎葉には内緒な。俺も何も聞かなかったことにするから」

「え? ああ、はい」


 鷲が知ったら、また後先考えずに突っ走るだろうと思い、御堂は苦笑いする。

「まだ神冷が好きなの? 酷いことをされたんだろ。あいつは絶対にやめた方がいいよ」

「どうしてですか」

「どうしてもだ。あいつはろくな奴じゃない。早く別れた方がいい。それより、椎葉なんてどうかな。お勧めだよ」

 御堂が嬉しそうに言った時だった。


「誰がお勧めだ。人をタイムセールみたいに言うな」

 不機嫌な声が降って来て、どこからか現れた鷲が二人の間に割り込んで座った。


「話してきたのか」

「ああ」

「どうだった」

 御堂の問いに、鷲は黙って首を横に振った。


「そうか。しかし、二人の姿を見た途端に、いきなり直談判とはねぇ。率先して身体を張る戦い方は変わってないな」


「ねぇ、椎葉くんと興俄先輩って知り合いだったの?」

「さぁ、どうだったかな。ただ僕はキミが困っていたようだから、声をかけただけだよ」

 冬華の問いに鷲はふわりと微笑み、傍らにいる御堂を見る。

「そうだ、御堂。僕も喉が渇いた。コーラが飲みたいな」

「知らねぇよ。自分で買ってこい」

「ちぇ、冷たいな。それで二人は何の話してたんだよ」

「内緒さ。ねぇ、夢野さん」

「僕のあることないことを、彼女に話していないだろうな」

「さあね。どうだったか」


 わいわいと言い合いをしている二人を見て、冬華の表情がフッと緩んだ。


「なんだか……安心する……なんでだろう」

 冬華の口からふと言葉が漏れる。こうやって三人で話したのは初めてのはずなのに、何故か彼女は心地よさを感じていた。


「おっ、そう思えるなら一歩前進だ。鷲が直談判に行った甲斐があったな」

「僕は何時でも勝ちに拘る。最終的に勝つのは僕だよ」

 御堂の言葉に、鷲が笑った。

 一方の冬華は、二人の会話の意図が読めず、ただ首を傾げるだけだった。


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