第24話 再び対峙
「椎葉くん……」
興俄にあらぬ疑いをかけられてはいけないと思い、冬華は思わず視線を逸らした。
「俺の彼女に何か用かな? 邪魔をするなら、こちらも容赦しないよ」
興俄はつないでいた手を離し、ゆっくりと見せつけるように冬華の肩を抱き寄せる。背後から回された腕に、冬華は居心地の悪さを感じた。
「彼女、あきらかに怯えているでしょう。放ってはおけませんよ。そろそろ解放してあげたらどうですか」
鷲は不機嫌そうに二人を交互に見る。興俄は冬華から手を離し、鷲の前に立ちはだかった。
「相変わらずお前は甘いな。正義感だけでは天下はとれない。見たまま突っ走る性格は、昔のままか」
二人は向かい合って立っている。まるで果し合いをするかのように、お互いの顔を睨み付けていた。
「え……相変わらず? 昔のまま? 二人は知り合いだった……の?」
冬華は驚いた顔で二人を見比べるが、どちらも何も言わない。空気が張り詰めて、ここにいてはいけない気分になった。
「あの……わた、し、そろそろ、帰りますね……」
冬華はぎこちなく笑ってその場を駈け出した。
興俄がチッと舌打ちする。
「お前は誰だ? 何故、俺の邪魔をする」
「誰、とは?」
鷲が問い返す。興俄は鋭い瞳を彼に向けたまま口を開いた。
「古来より、人は何故、罪人を斬首するか分かるか。魂と身体を切り離すためだ。斬首された人間は、二度とこの世に転生できない。魂は永遠に、この世とあの世を彷徨い続ける。あの時、斬首したお前はこの世に存在できるはずがないんだよ。あの頃、俺を恨んでいた奴は大勢いるからな。お前は誰だ。何のために九郎の名を名乗る」
ああ、と呟いて鷲は興俄を見据えた。
「僕は正真正銘の九郎義経ですよ。今から20年ほど前に、胴体と魂が同じ場所に戻ったんです。親切な人たちが、僕の供養をしてくれた。そして、やっとこの世に転生できた。彼女もまた、僕を待ち続けてくれていた。800年以上もずっと。今度こそ離れない。彼女は絶対に渡せません」
「なるほどな。そうならば、俺はもう遠慮はしない。お前の身辺については全て調査済みだからな。よからぬことを企んでも、すぐに分かるぞ」
「では今から僕を殺しますか? ここで戦いますか?」
興俄を見据えたまま、鷲は一歩踏み出した。
「ここで戦うだと?」
興俄は嘲笑い、続けた。
「大将が自ら先陣を切って突っ走る戦法は、相変わらずだな。お前の浅はかな行動がどれだけ俺を苦しめたと思っている。平家討伐の手柄を独り占めしたお前に対し、御家人たちからどれだけの不平が噴出したか。俺を慕う御家人があってこそ、武士が一つになれたのだ。俺を盟主として皆は団結していた。全ては武士のために、だ。何時も自らが動いて勝利を収め、手柄を独り占めするような行動をとるお前を赦せるわけがないだろう」
「僕はただ、認められたかった。貴方の役に立ちたかった。僕は信じていた。貴方のために戦った。それなのに貴方は……。貴方の所為で、兄弟の縁は絶えました」
鷲の言葉を聞いた興俄は、フッと笑みを零す。
「兄弟の縁? そんなものは初めからなかったのだよ」
あっさりと放たれた台詞に、鷲は一層険しい顔をした。
「そうでしょうね。貴方は僕と共に戦った範頼殿も簡単に遠ざけた。源氏の血をなんだと思っておられたのか。己の宿命を無駄にし、この世に業因を残した。そして、彼女さえも奪うとしている。貴方の方こそ、どれだけ僕を苦しめれば済むのか。貴方には妻がいたでしょう。何故、静に執着するんだ」
「血など関係ない。大切なのは、己の味方となる有力な人物だ。それにお前は何か勘違いをしていないか? 彼女は今、こちら側にいるんだぞ。執着しているのはお前の方だ」
「取り返します。絶対に」
そう吐き捨てて、鷲はその場を後にした。
「やれるものなら、やってみろ」
去って行く背中に投げかけた言葉は、彼の耳には届かなかった。
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