第19話 興俄の能力①
「おい、冬華」
ぼんやりと昔を思い出していたら、興俄がこちらを見ている。
「さっきから呼んでいるんだが。意思の疎通ができるとは、どういう状態なんだ」
どうやら、彼は何度も名前を呼んでいたらしい。我に返った冬華は、どうせまた分かってくれないだろうと思いながら口を開いた。
「えっと、上手くは言えないんですけれど、まず自分がどんどんバラバラになっていくんです。臓器が離れ離れになって、細胞よりもっともっと小さくなって、最終的に宇宙と一体になる……って意味が分からないですよね。実際には身体はそのままだし。でもいる世界がこことは違うような気もするし」
そこまで言って、ふうと息を吐く。興俄は『なるほど』と頷いた。
「己の意識のみを分解するのか。まずは細胞を分子に、分子を原子にと。意識が何を指すのかは漠然としか分からないが、脳内のある部分が無意識に働いているんだろうな。肉体はそのままだが、お前はバーチャルに己を細かく分解できる。粒子レベルになったお前はバーチャルでありながら、相手とはリアルにやり取りができる。もしかしたら、その間は高次元の空間にいるのかもしれないな」
彼は冬華の話を否定せず、事もなげに言った。
「あ、そうです。この前、物理で先生が素粒子の話をしたんですよ。小さくなっていく最終的過程が、それに近いかなって思います。自分が小さくなるにつれ、相手のソレとシンクロできるんです。少しずつ小さくなりながら、こちらから働きかけてみるんです。ここではないどこかで相手が呼応してくれたら、交流できるんですよ。物でも動物でも。先輩、理解できるなんて凄いですね」
こんな非現実的な話を一瞬で理解されるとは思っていなかった。
「なるほどな。今からやってみせてくれ」
「本当は誰かの前ではやりたくないんですけど」
誰にも理解されないだろうと思っていた『力』を、あっさりと理解されたのが少し嬉しくて、ゆっくりと地蔵に近づいた。地面に転がる地蔵の頭や周囲にあった欠片を拾い、元の場所に戻して掌で固定する。目を瞑り深く息を吸い込んだ。
数十秒後、地蔵の身体がガタガタと揺れ始めた。そして次の瞬間、離れていた首のあたりがもぞもぞと動き出した。固いはずの石が柔らかい物体のように蠢き、絡み合っている。
冬華が手を離すと、地蔵は本来あるべき姿に戻っていた。ただ、彼女の息は上り立っているのもやっとのようだ。
「大丈夫か」
「ええ。これ、体力的に結構きついんですよ。身体がバラバラになる感覚は、何度やっても慣れないし、息は詰まるし。おまけにかなり眠くなるんです。離れ離れになった自分は、ここに居るのになぜか遠くに感じるし。まぁ、出来上がりはこんな感じなんですが。でも、無の状態から何かを新しく作ることはできないんです。あと、人にはやりません。怪我や病気を治すなんて怖くて。できるかどうかも分からないですし。だから他の人には黙っておいてくださいね。私と先輩だけの秘密で……」
「やっぱり、お前は神の子だな」
冬華の言葉を遮るように興俄が呟く。
「え? 神の子ってなんです?」
「俺にはそれが必要なんだよ。お前は無の状態からは何も生み出せないと言ったが、この空間に無はない。何かは存在する。肉眼では見えないモノに働きかけれるとしたら、その力は無限だな。仲間に会えて嬉しいよ。実は、俺にも不思議な力があるんだ」
興俄は己の頭を指さした。
「俺はここを使う」
「へ?」
話の内容が理解できず、冬華は首を傾げる。
「人間の脳は体重の2パーセントの重さしかないが、消費するカロリーは20%とも言われている。そして、まだ解明できていない事象が多い。俺は他人の意識を操れるんだ」
「はぁ」
「ああ、ちょうどいい奴がいた。ちょっと見ていろ」
前から一人の男が歩いてくる。身体を左右に揺らしながら歩いてくる男の首元には、ゴールドのネックレスが見える。ごつい時計に指輪。絵にかいたような風貌から、絶対に関わらない方がいい人だと分かる。
しかし、興俄は周囲に誰もいないと確認すると、男の正面に立ちはだかった。
「せ、先輩。何をするつもりですか」
思わず声をかけるが時すでに遅し。案の定、行く手を遮られた男は興俄を睨み付けた。
「おい、ガキ。何の真似だ。どけよ、ふざけるんじゃねぇぞ。痛い目にあいたいのか。こっちは気が立ってるんだよ」
言うや否や男はポケットから折り畳み式のバタフライナイフを取り出した。冬華は思わず息を飲んだ。しかし、興俄は怯むことなくナイフを開こうとした男の右腕を掴んだ。男は興俄の手を振りほどこうをするが、思うように力が入らないようだ。
「おい、なんだ。お前、なんだよ」
興俄は黙って声をあげる男を見ていた。時間にして一分足らず、腕を掴まれた男の力が抜けてナイフを落とした。身体の重心がずるずると崩れ、男はその場に座り込んだ。
「脅し取った財布を出せ」
興俄が告げると、男は頷いてポケットから財布を取り出した。興俄は黙ってそれを受け取ると冬華の方を向いた。
「こいつはさっき、自分より気弱そうな人間に言いがかりをつけて財布を脅し取っていた。その様子が見えたから、取り返してやっただけだ」
「この人はどうなったんですか?」
座り込んでいる男を指さして尋ねる。男に最初の勢いは全くなく、ただぼんやりと宙を見ているだけだ。
「感情を抑制したからもう馬鹿な真似はしないだろう。心配するな。俺達の存在は覚えていない。それに、しばらくすれば自力で家に帰れる。とりあえずこいつは放っておいて、財布を交番に届けよう」
男を一瞥して、興俄は手にした財布を掲げた。
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