第18話 冬華の能力

 翌日の放課後、冬華は興俄と並んで歩いていた。

「六月なのに、もう夏祭りがあるんですか?」

 彼氏からの話に、冬華は目を輝かせる。

「ああ、週末一緒に行かないか。隣の町なんだけど、露店も色々と出るらしい」

 露店と聞いて、冬華は満面の笑みを浮かべた。

「行きます。行きます。絶対に行きます」

「じゃあ、家まで迎えに行くよ」

「何を食べようかなぁ」

「おいおい、もう食べ物か」

 興俄が呆れ顔で笑った。笑われた彼女は頬を膨らませる。

「もう、また馬鹿にして……あっ」


 冬華の視線の先には首から上の部分が取れた地蔵が立っていた。元は坊主頭で袈裟をまとった地蔵菩薩だろう。首の部分は道端に転がっていた。何かで叩き落したようにも見える。


「酷い事をする人がいるものですね」

 地蔵の首を拾い上げ、深い溜息を吐く。

「そうだな」

「あ、興俄先輩は先に帰っていてください。私、ちょっと用事を思い出しました」

「俺が帰ったら、一人でこれを元に戻すとか」

 彼は首の取れた地蔵を指さした。

「え?」

「お前には人には言えない力があるんだろう」

 突然指摘され、冬華は言い淀んだ。

「ええと、なんの話です? ほら、先輩は先に帰ってください。いろいろと忙しいでしょう?」

 ほらほらと興俄の背を押し帰宅を促すが、

「ごまかさなくても分かるよ。冬華のことは何でも」

「はは、参ったなぁ。私、愛されてます?」 

 おどけたように言う冬華を、興俄はにこりともせず見つめていた。

「見たんだよ。入学式の時、お前が不思議な力を使ったところを。折れた桜の枝を元の幹に戻しただろう」

「え?」

「お前には不思議な力がある。そうだよな」

 しばらく黙りこんだ冬華は、覚悟を決めたように口を開いた。


「見られていたんですか。参ったな。誰にもバレないと思っていたのに」

 そう前置きをして、続けた。

「ええと、小さい頃、ある日突然、物や動物、植物なんかと意思の疎通ができるようになったんです。誰かに見られたら気味が悪いって思われそうだし、人前では使わなかったんですけれど……」


 最初に『力』に気がついたのは、いつだっただろう。冬華は幼い頃の記憶を手繰り寄せる。


 あれは確か日曜日。冬華はまだ、保育園児だった。日曜の午後だったが、母は夕方には帰ってくるからと言って、昼食を食べて仕事に出かけていた。

 あの頃、プラスチック製のティアラは一番のお気に入りだった。家が裕福ではなかったので、母からおもちゃも買い与えてもらった記憶はほとんどない。

 そんな母が唯一買い与えてくれたのが、ティアラだった。プラスチック製ではあったが、ゴールドの塗料でコーティングされていて、中央には赤いハート、周囲に青や黄色のアクリル製の宝石が埋め込まれていた。

 

 日曜の午後、冬華はおとぎ話に出てくるお姫様になった気分で、ティアラを頭に載せて、くるくると回っていた。しかし、勢いよく回りすぎて落として踏みつけてしまった。ティアラは簡単に形を無くし、薄いプラスチックが大小さまざまな形に変化し、破片が床に散らばった。母が帰ってくる前に何とかしなければと思ったが、どうすることもできない。 


 何の解決策もないまま、途方に暮れた。散らばったプラスチックとアクリルの宝石を拾い集めてただ泣いていた。どのくらい泣いたのかは分からないが、突然、自分自身がどんどんバラバラになっていく不思議な感覚に襲われた。怖くてぎゅっと目を瞑ると、手の中にあるおもちゃと自分が、まるで同じように、バラバラのまま会話をしているような感覚がやって来た。

 冬華は思わず『お願い元に戻って』とバラバラになったティアラに話しかけた。すると、ソレは応えるように動き出した。

 恐る恐る、ゆっくりと目を開けると、ティアラは元の形に戻っていた。あまりにも信じがたいできごとだった。仕事から帰って来た母に話そうと思ったが、おもちゃを壊したと咎められると思い黙っていた。


 翌日は紙をびりびりに破って話しかけてみた。だが、何も起こらない。もっと強く言わなければ相手に聞こえないと思い、目を閉じて集中してみた。するとまた、自分がバラバラになる感覚がやって来た。その状態で話しかけると紙は元の形に戻っていた。やっぱり、怖くて誰にも言わなかった。

 それでもこっそりと様々なもので試した。その過程で、相手が動物でも通用すると分かった。どこが痛いとか何を欲しているとか、動物に話しかけると身体の中へダイレクトに返事が来た。亡くなった動物を生き返らせることはできなったが、相手が動物だと自分がそれほどバラバラにならないなと、感覚的に思った。そしていつも、力を使った後は強力な眠気に襲われていた。


 冬華は数年前、中学の先生に自分の身に起こっている事象を話してみた。

『自分の従姉の話なんですが……』と前置きをして、人間には不思議な力があるのかどうかと聞いてみたのだ。

『従姉には人には言えない、超能力めいたものがあると言っているんですけれど、先生は信じますか? 彼女の話だと、人間が細胞、いや、もっとミクロのレベルで己や他者(人間や動物)に働きかけ、操れるらしいのですが……』などと尋ねたと思う。

先生は授業中、細胞の仕組みや、原子や分子、宇宙の話などを分かり易く説明してくれる人物だった。もしかしたら、自分の力について、何かヒントをくれるかもしれないと淡い期待を抱いていた。


 しかし先生は冬華の話を聞いて、あっさりと言い放った。

『それは思い込みじゃないのか? 物理とか生物学的にどうこうじゃなくて、その従姉は病院に行った方が良いと思うな。精神科とか。だいたい、理論に齟齬がありすぎる。もしも自分を細胞や原子レベルまで細かくできたとしても、相手には表面的にしか関われないはずだ。働きかけるのは無理じゃないのか。まぁ、方向性としてはアリかもしれないが、肝心な部分は感覚でごまかしているようだし。だいたい、物理の世界はものすごくミクロなんだ。それをマクロなものに当てはめるなんてナンセンスだよ。もしかして、スピリチュアルを売りにする場所にでも通っているんじゃないか? それなら気を付けた方が良い。そういったものに騙されている人は大勢いるからな。まぁ、そうじゃなくて従姉が本気で悩んでいるようなら、先生からは病院に行くように進めるよ』

『そう……ですよね。病院へ行くように伝えます』


 この力は誰にも知られてはいけない。これからも絶対に人目につかないよう細心の注意をしなければと冬華は決意した。


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