第20話 興俄の能力②

「先輩の力ってすごいんですね」


 歩き出した彼の隣に並び、冬華は感嘆の声をもらした。


「俺は人間の心情や記憶を読み取れる。お前がモノの細胞や分子、原子に働きかけられるように、俺は対象者の脳内に直接働きかけることができるんだ。記憶であっても心情であってもそれらは全て、物質の集合体にしか過ぎない。宇宙にあるモノはすべて、同じ物理学の法則に従って動いて、どれも粒子であり波動だ。お前が自分を原子レベルまで落とし込む感覚に少し似ていると思うよ」


 彼はそう言って微笑むが、冬華の頭の中には疑問符が増えるばかりだ。


「ええと、すみません。よく分からないです。似ているん……ですかね?」


「俺も最初は漠然と相手の感情や思考を読み取れるだけだった。発する言葉とは別の思考がダイレクトに流れ込む様は、なかなか慣れなかったな。それでも心情の読み取りが慣れてくると、こちらからの働きかけができるようになったんだ。脳に働きかけれると言っても、相手の身体を操り行動を変えることはできない。だが、偏桃体に働きかければさっきの男のように興奮した感情を抑えることができるし、海馬に働きかければ短期記憶を書き換えられる。どこまで効くかは相手によるが、会ったばかりの俺たちの記憶くらいは消すことができる。でも、このレベルになるまではかなり大変で、酷い頭痛にも悩まされたんだぞ」


 「じゃあ目の前にいる人なら誰でも簡単に騙せるじゃないですか。相手の記憶や感情を覗いて上手いことを言って、場合によっては弄るんでしょう?」


 冬華が驚きの声をあげると、彼は「いや」と言って首を横に振った。


「この力は全ての人間に通用するとは限らないんだ。こちらから働きかけても全く呼応しない人間が存在する。ハッキングを試みても頑丈なセキュリティに守られているような人間だ。そいつらが何を考え、どんな記憶があるかなんてわからない。実は冬華もその一人だよ」

 興俄は真剣な顔で冬華を見つめた。


「私ですか? 良かったぁ。今、先輩の話を聞きながら、私の心もいつも読まれているのかと思いましたよ。それで、通じない人って何か共通点があるんですか?」


「バグのようなものだと思うよ。まぁ、世の中には予測不可能な事柄がいくつも存在する。いずれにせよ俺たちは似た者同士なんだ。ただ、俺の力が使えるのは人間のみ。お前の力は、働きかけさえできれば、世の中に存在する全てに使えるな」

 興俄は何もかも見抜いたように、にんまりと笑った。


「はぁ、そうなりますけど。先輩は誰にもこの話をしていないんですか。例えば、ご家族とかは知っているんですか」

「家族? 言うはずがないだろう。あいつらの記憶や感情は幼いころから把握して、いつも『いい子』をを演じているが。ああ、二人だけいるかな。まぁ、信用できる人間だから。俺の秘密を知っているのは、冬華で三人目だよ」


 家族以上に信用できる人って誰だろうと思った。もしかしたら、同じような能力を持った人が他にもいるのかもしれない。その人たちだけの秘密なんだろうかとも考えた。

 詳しく聞きたいが、今日はこれ以上頭に入る気がしなかったので、尋ねるのをやめた。それとは別に他の疑問が湧いてくる。


「でも先輩。今は街中に防犯カメラがあるんですよ。みんなスマホを持っているし、さっきの姿を撮られたらどうするんです? カメラの画像を確認した人の記憶も消すんですか? それともカメラを見た人の記憶は自動的に改ざんされるんですか?」


「防犯カメラには細心の注意を払っているよ。カメラがある場合は、挨拶を交わしている程度にしか相手を動かさないから問題はない。さすがに録画された画像を見た人間の記憶までは変えられない。使えるのは人間同士のみ。でも冬華の力があればそんな心配も不要だな。お前は頑丈な金庫だって開けられる。記憶媒体のデーターにも簡単に働きかけられて、内容を消去できそうだ。これは使える」


 興俄はまた嬉しそうに言った。どう考えても力を悪用しようとしている、そう思った冬華は口を尖らせた。


「え? そんなことに使いませんよ。今までだって、誰かが不注意で壊したものを、こっそり直してあげたりとか、困っている動物を助けてあげたりしかやっていません。もしかして先輩は、いつも悪いことに使っているんですか? この力はあくまでも、困っているモノに手を差し伸べるための最終手段なんだと思います。だから、悪い事につかっちゃだめなんです。私、絶対に先輩のためになんか使いませんからね」


 冬華がきっぱりと言い切ると、


「ふぅん。じゃあ悪いってなんだ? お前にとっては悪だとしても、結果的に誰かを救う場合だってあるだろ。まさか、世の中を善悪だけで判断できると思っているのか?」

 小馬鹿にしたように、にやりと笑う。


「もう、屁理屈ばかり言わないでください。ダメなものはダメなんです。あ、もしかして、今までの彼女と円満に別れたって話、都合が悪くなったらこの力を使ったんでしょう? だから今まで先輩の悪い噂を全く聞かなかったんだ。人の気持ちを弄ぶなんて、最低ですよ」


 冬華が軽蔑の眼差しを向けると、興俄は肩を竦めた。


「最低か、手厳しいな。相手の心を読んで、望むとおりにしてやってもか? ああ、でも最初のうちは喜ぶ人間も、そのうち気味が悪いって言い始めるな。やっぱり冬華みたいに、心が読めなくても、考えている内容がまる分かりなくらいがちょうどいいよ」



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