変わらない君がいる

 三十分くらい経っただろうか。最初に発掘した石炭を使い篝火を維持しつつ、解体した肉を焼く。洞窟に煙がこもらないかと心配したが、洞窟の奥を調べた結果、人工物が存在していて空いたところは上層に位置しているらしく、温かい空気が上がり、洞窟の入口に向けて風が吹き抜けているみたいで、一酸化炭素中毒の可能性はいまのところ低い。


「本当に運がいいね。おそらくだけど、『親世代の連中が異世界に行ってたんだよ』と言ってた遺跡だと思う。私も半信半疑だったけど、あんな人工物を見たら嘘じゃないんだろうなとは思う」


「最深部まで覗いたわけじゃないから、本当かどうかは早計だと思うが、いつか本格的に探索をしてみたものだ」


「流民島の冒険みたいに?」お嬢様は流れるように質問する。


「ああ、あれは正直死ぬかと思った。途中でお前がこけて、涙目になりながら追ってきて、大声出して場所を知らせたりしないか、ヒヤヒヤしたものだ」

「……覚えていたの?」

「忘れ訳ないだろう。お前と最初にあった日の出来事だしな」

「…………」

「どうしたんだ?」

「いや、やっぱり君は変わらないなって、思っただけ……」


 含みのある発言を滔々語るお嬢さんにマゲユイはバツの悪そうな顔をして「正直な話、思い出しただけだ。他の記憶も出逢ったやつとの思い出しかないんだ」と後頭部を掻いてことを返す。


「そうなんだ……でも、思い出してくれて嬉しい。たとえ、その発言が嘘でも」

「別に嘘をついたわけじゃ……」


「分かってる。それで何年くらいないの?」と何か知ってないと訊かない言い。


「三年ほど」と疑問を持たずに答える。


「そう、あの事件以降多くの記憶が飛んでいるからね。私は五年前で時が止まっている気分。その間の記憶があるけれど――この味付けしていない肉よりも味は薄い、こっちのほうがムツ濃いかも」


「筋張っていて、噛み応えがあると言えば聞こえはいいが、煮たい味であることは確かだな。丸のみしたら喉が詰まりそうだ」

「冗談でもしないでね。お母さんみたいに――飲み物が少ないんだから」

「……あのさあ、お母さん、お母さんってよく口にするが、何か確執でもあるのか?力になれないかもしれないが、聞くだけはできる」

「そんな楽しじゃないよ」

「聞きたいんだ」

「……じゃあするね」


 しつこく言い寄られて、仕方なく語り出す話。目線を本人から外し、物憂げな表情をしながら、つらつらと喋り出す。


「実はね。両親をモチで亡くしているんだ。のどにモチを詰まらせて」

「ネタみたいに聞こえるが、災難だな」

「本当にそうよ。良く死ぬほど美味いっていうけど、それで亡くなったとこはネタにならないんだよね。火事ネタと同じで」

「災難受けた側の受難だな」

「まったくそう、それが今から五年前のこと。だと思う。きっと嘘をつかれているんだろうなって、内心思たりしている」

「言ったら内心の意味がないぞ」


「君だけだから良いの。それにこれは私だけの悩みじゃない。そのころにキシガイ領から同年代の青年がやって来て、別件だけど似たように迷っていた。多分、後悔って記憶を改竄されてもしつこく遺るんだろうね。大人だったら簡単に忘れて、日常を送るんだろうけど、私はそこまで大人じゃない」


「一生ガキなヤツもいるしな」


「アハハ、その通りね。でも、このままじゃダメなのは分かっている。変な話、親がいないのに親離れしないといけないなって思っているんだ。そのためには、母が掛けた『愛』という呪いを解かないといけないような気がするんだ」


「愛?」

「そう、スグは『愛』って何だと思う?」

「言語化しろと言われたら困るな。こんな感じかなは説明できても」

「だよね。私のお母さんは『生きて欲しい、存在して欲しい願うことよ』って教えてくれたけど、何かしっくりこないんだよね。物足りなさがあるって感じで」

「言っていることはキレイだけど、一切刺さって来ない」

「その通り。多分、愛の汚さを知ってないと心には刺さらないと思う。キレイごとはすぐに忘れられるから、傷付いて初めて覚えられる」


 言い方は悪いが、わたしにも経験がある。丸太を投げるのは危険と教わっていても、実際そうされるまで理解することはない。他の側面で語ると、イジメられる方はとても辛いが、イジメる側に回った瞬間、途轍もない幸福感に似た興奮が感じられて、傍観者の立場でもニタニタしてしまう。


 人として最悪だが、その痛みと学習、快楽は受けて見なければ分からない。


 知識では分かっているが、その事態に出くわしていないから理解までに落とし込めない不完全燃焼なモヤモヤ感あり、分かるにはその傷の痛みが必要だ。けど、進んでできるものではない。ましては、言葉でも理解できていないことを理解しろと言われても困るだけだ。


「御業と同じだな」


「そうね。私は『愛』という御業がどうゆものか知らない。いくら与えられても、分かんないものは分からないんだよね」と顔に影を落とす。


「何にしても、今は腹を満たそうぜ。話を振って何だが」


「本当、君は変わらないね。人の落ち込んでいる時ほど、どうでもいいって一蹴するところは……。でも、それが君の優しさだって識っているから、ただ痛いだけじゃない」と、えくぼを作って微笑む。


 一方そう一蹴したマゲユイは、大口を開けて肉に被り付き「硬ってぇ」ともごもご言いながら肉を食いちぎる。


 外はすでに真っ暗で、どっちが入り口か出口か分からない。けれど、二人は無言で肉に噛り付き、いま成すべきことを為しているこに意味があると信じて、食い続ける。そして食べ終わり、アゴも身体も精神も疲労困憊で余計なこともせず、そのまま眠りに着いた。

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