稲浮流VS稲浮流

 最初に攻撃をしたのは謎の男。下から抉り込む刃の一撃を入れてきて、それをマゲユイは刃を削り取るように短剣と刀をクロスさせロックし、作用点を斜めに滑らせ、長牙で刀を反らして短剣で攻撃を当てる。


 小手でその攻撃を凌ぎ、弾かれた刀の慣性を活かして横の回転切込みが入るが、その攻撃は持ち替えられた長牙の刀身により防がれ、ふたたび反らされる。


「やっぱ、同胞と戦うのは面白いな。そう思うだろ」

「面白くなねえよ。ド畜生」

「愉しめよ。お前だってこの世界の奴隷だろうが、ド畜生」


 抑えつけ合い、弾き合い、凌ぎ合い、シャリシャリ、バンバン、カンカンと打ち合いを続ける二人。


 稲浮流の都合上、先手や好戦的な戦闘は負けに繋がる一手になりやすい。けれど、同時にその感情と行動はお互いの弱さによって発揮させられる事象であり。一見してみれば矛盾したことだが、弱さの競い合いの中ではやらざる得ない。


 昔読んだ哲学書に『暴力とは最も強い言語にして。最も弱い言語。そして、始まりの言語にして、最果ての言語である』と語っていた。いってみればこの勝負、少しでも弱さに負けて強みに転じてしまえば、負ける争いだ。


「これが稲浮流同士の戦い……弱さも突き詰めるとこんなにも隙が無いの……戦う者として、相変わらずイカれてる」


 確かに戦いとか殴り合いと聞くと強い奴が勝てる印象があるが、この戦いを見たら弱いところには弱いところなりの激戦区があることが分かる。その分、何もできない立場は利益がないどころか無力かつ、損害を垂れ流すことしかできない。余計なことをしなければ安全にことをやり過ごすことができる事は、周知の事実であるが、何かを得るためにはどうしても動かなければならない理不尽さが存在する。


 戦いで世界を回している世というものは恐らくそういうものなのだろう。


 現世の状況と重ねながら思いに耽るわたし。暗雲が立ち込めるようにまたトンネルへと入り、視力が著しく落ちる中、感覚での鍔迫り合いの音がより響き始める。


「なるほど、いい性格しているな。適度な我流と感情の切り替えの早さ、他者の事なんか考えない集中力。人としては最高な逸材でも、同胞としては最悪だな」

「戯言を」

「そうか、じゃあ、こうされたら、どうする!」


 煽り文句を焚きつけて後退し、コンテナの角を切りつけ破片を作り出し、追い風を利用してその破片を飛ばす。


 マゲユイは自分のところに飛んできてないと判断して、避けることもなかった。が、後方にいる相方のことを思い出し、咄嗟に背後を見る。


「――あっぶな⁉」


 運よく当たらなかったことに安堵したその間髪、追い風に乗って飛んできた男の大成な肉体が打ち込まれ、上手く攻撃が受け流せず、マゲユイは体幹を落とされて、体勢を立て直すのに暇がかかる状況に持ってかれた。


「しまった⁉」

「ふん!」


 負けの一太刀が当たる直前、傍を通る向かい風もものともしない火球が飛んできて、優勢な男の顔に接触。火花は飛び散り、払いのけようと謎の男は顔を擦り、慌てている。それを見て、マゲユイも戸惑いを隠せずに硬直していた。


「何してんのよ⁉早くやって!!」


 声の主に目線向けて、苦笑いをしながら「そっちのつもりでは言ったわけじゃないんだけどな」と体勢を立て直し、両手で刀を持ち最大の好機に一太刀を入れる。トンネルから出はじめて逆光が差す中、その一太刀は小手の裂け目の間に入り、胴体にもしっかりと刃が入る。切れ味は鍔迫り合いの中で研がれていたため切れ味は抜群。骨に引っ掛かることもなく外に刃が出た。


「よし!」


 マゲユイの背後の観客席で勝ちを確信した、お嬢様ではあったが――わたしも、え?となりながら飛んできた物体を見たとき、あの男の物ではないと青ざめた。


「え?なんで?」

「うあああッアア……バカな。うあ⁉」

「ちょっと⁉はあ!!」


 致命傷を負たはずの相手は意気揚々とマゲユイを殴り飛ばし、観客席にいた彼女を巻き込み、コンテナから弾き飛ばされ、このまま線路に叩きつけられると思ったが、間一髪のところで、左手の短剣で最後尾の縁に突き立てて引っ掛かり、その場をやり過ごす。巻き込まれたお嬢様はマゲユイに抱き掴まり、難を逃れている。


「あぶねえ、あぶねえ、もし醜裸じゃなければ、死んでたところだ」


 そう背後に飛んできていたのは、白い刀身を持った長牙とそれを持っていたマゲユイ男の右腕であって、斬撃をしたはずの男の小手腕は切り落とされてはおらず、身体に取ったはずの傷は斬撃跡しか遺っていなかった。

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