第40話 黒幕と暴かれる本心(Ⅱ)
「……はぁ?」
ベルンハルトは意味が分からないというような表情をする。
俺がグレースに本気だって?
もちろん、俺は彼女のことを溺愛しているけれど……この俺が誰かに本気?
ベルンハルトは眉をひそめる。
そんな彼に構わず、ウィルフレッドは話を続けた。
「魔王ベルンハルト――貴方については、私なりに調べたつもりです。能力がありながらも、その性格は怠惰。基本的に他人に対して無関心だが、誰かに興味を持った場合、その対象を刺激して反応を面白がるという悪趣味な面を持つ」
酷い言われようだが、その通りだとベルンハルトは内心頷いた。確かに、ウィルフレッドは魔王ベルンハルトの性格をよく調べている。
「今回グレースをこの場に出さなかったのも、私に対する嫌がらせだと考えていました。そうした方が今後面白くなるから。だから、私がグレースの契約解除を申し出れば、無理難題をふっかけてくると思ったんです。だって、その方が貴方にとって面白いから。でも、実際の貴方はそうしなかった」
ウィルフレッドの話はベルンハルトを不快にさせた。
こういう風に、他人に己のことを分析されるのは嫌なものだ。その分析が合っていればなおさら。
「それはなぜか。貴方は万が一でもリスクを冒したくなかったんだ。自分の手元からグレースが去ってしまうリスクを」
「大げさな言い方だなぁ。俺は単に、あの子が気に入っているだけだよ」
ベルンハルトは努めて悠然と振舞うが、内心はもうこの話題を切り上げたかった。
胸が妙にざわつく。なんだか、とても嫌な予感がした。
そして、ウィルフレッドは決定的な言葉を口にする。
「もし、契約が無くなればグレースは貴方の傍を去るでしょう。だって、彼女の心は僕のモノだから」
ベルンハルトは胸を突かれたようになった。
ただ、どうして己がウィルフレッドの言葉にこれほどまで動揺しているのか、彼には分からなかった。
ベルンハルトは思考を巡らせる。
グレースがウィルフレッドを想っていることなんて、最初から分かり切っていたことだ。そうでなければ、そもそもグレースはベルンハルトとの契約に応じない。
グレースにとってウィルフレッドは、自らの魂を魔王に捧げても地獄に堕としたくなかった大切な存在なのだ。
――心なんて不確かなものだからね。それを縛ろうとするのは無意味だろう。心の中でどう思おうと、俺を一番に尽くしてくれればいいよ。
いつだったか、ベルンハルトがグレースに話した言葉だ。
アレは本心のつもりだったが、正確には違っていたことを、この時になってベルンハルトは今更ながら気付く。
今もなお、グレースはウィルフレッドを想っている。それを縛ることなんて不可能で無意味だ。無意味なことは望んでも仕方ない。
心の中で誰を想おうと、己に尽くしてくれていれば、それでいい。
だって、グレースはもう二度とウィルフレッドに会えないはずだから。
でも、本当は……。
俺は、グレースの心も欲しかった?
自分でも気づかなかった本心が
今回、グレースとウィルフレッドの再会を邪魔したのも面白半分の好奇心だと思い込んでいたが、ソレは間違いだったようだ。
本心は、単に二人を会わせたくなかった――ソレだけ。
二人が再会することを想像すると、心が苦しい。
そのまま、己の手からグレースが逃げていくのを考えると、恐ろしい。
いつの間にこうなってしまったのだろう、とベルンハルトは自問する。
グレースのことは溺愛していても、それは物や愛玩動物に対する執着に似たものだったはずだ。それが、どうして……?
「はぁ」
余計なことを気付かせてくれると、ベルンハルトは溜息を吐く。それから、ウィルフレッドを睨んだ。
つい先ほどまで、怒れるウィルフレッドにベルンハルトは余裕の笑みで対峙していたのに、今やそれは逆転している。
静かな怒りをたぎらせるベルンハルトに対して、ウィルフレッドはまるで挑発するように繰り返した。
「グレースの心は僕のモノだ」
瞬間、ベルンハルトはウィルフレッドの胸倉を掴んでいた。
二人の間には円卓があったにもかかわらず、いつの間にか距離が詰められている。
ベルンハルトの力は強く、ウィルフレッドの足が床から浮いた。
「調子に乗るなよ」
押し殺した声でベルンハルトが言う。
「この部屋に色々と仕掛けをしているみたいだが、そんな小細工が俺に通用すると思わないことだ」
「……魔道具の仕掛け、バレていましたか」
首が絞まって苦しいはずのウィルフレッドだが、彼は涼しい顔をしている。
「このまま私を殺しますか?」
身がすくむような恐ろしいベルンハルトの殺気を前にして、ウィルフレッドは静かに問いかけた。
ウィルフレッドだって理解している。己を殺すことなど、目の前の魔王には造作もないことだと。
それでも、余裕の表情を崩さないのは、ウィルフレッドにはベルンハルトに殺されないという確信があるからだ。
「私を殺せば、二度とグレースの心は手に入らないでしょうね」
「――っ!!」
ウィルフレッドがさらりと吐いた言葉――ベルンハルトにはソレがはったりでも何でもなく、事実であることが分かった。
もし、ベルンハルトがウィルフレッドを手に掛ければ、グレースはきっと己を許さないだろう。一生、彼女はベルンハルトを憎み続けると容易に想像できた。
ベルンハルトはウィルフレッドから手を放す。
解放されたウィルフレッドは膝を折って座り込み、激しく咳き込んだ。荒々しく肩で息をする。
そんな彼をちらりと一瞥して、ベルンハルトは静かに会議室を出て行った。
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