第39話 黒幕と暴かれる本心(Ⅰ)
幽界・会議室
円卓を挟んで、ベルンハルトとウィルフレッドは対峙していた。
ベルンハルトが悠然と椅子に腰かけているのに対して、ウィルフレッドは立ち上がり、今にもベルンハルトを射殺してしまいそうな目つきで睨んでいる。
よもや魔王にこうも啖呵を切れるとは。グレースといい、ウィルフレッドといい、この元主従は命知らずなところがそっくりだと、ベルンハルトは思う。
呆れ半分面白半分という様子で、ベルンハルトはウィルフレッドに話しかけた。
「それにしても、すごい執念だよね。女一人のために、ここまでするなんてさ」
「……ここまでとは?」
ウィルフレッドはベルンハルトに問い返す。
「もう誤魔化さなくてもいいじゃない。あの
ベルンハルトの衝撃的な発言。
つまり、これは今回の騒動の黒幕がウィルフレッドだと、言っているに等しい。
けれども、当のウィルフレッドは取り乱すことが全くなかった。
むしろ、このような場面を予期していたようにも見える。
「どうして、そう思われるので?」
落ち着いた声音で、ウィルフレッドは訊いた。
「だって、不自然だろう?大昔――天魔戦争の頃の壊れていたはずの兵器が突如起動したなんて。それよりも、壊れていた自動人形を誰かが修理した。そう考えた方が妥当じゃないかい?」
「……」
ベルンハルトの言葉に、ウィルフレッドは何も返さなかった。肯定も否定もしない。
しかし、その沈黙が如実にベルンハルトの言葉が真実だと語っていた。
そう、ベルンハルトの推測通り――今回の騒動を裏で糸を引いていたのはウィルフレッドだったのだ。
彼は壊れていた自動人形を修繕し、そして第七地獄に送った。
その目的は――。
「目的はもちろん、グレースだよね。自動人形を第七地獄で暴れさせて、その謝罪と称して会談を設け、魔王の秘書長官であるグレースに会おうと思ったんだろう?」
「……」
相変わらず、ウィルフレッドは黙したままだ。
「呆れるね。本当によくやるよ。そんなにグレースが恋しかったのかい?」
からかうようなベルンハルトの言葉の響き。
その明らかなベルンハルトの挑発に、ウィルフレッドはのらなかった。
今もなおベルンハルトを睨むウィルフレッドの眼つきは厳しいが、激昂することはない。
ソレを見て、つまらないなとベルンハルトは肩をすくめた。
不意に、ウィルフレッドがこう切り出した。
「グレースを返してください」
ウィルフレッドはベルンハルトを真正面に見据えている。
単刀直入な申し出に少し驚きつつ、「それは無理だよ」とベルンハルトはへらへら笑った。
だが……。
「彼女は私のものです」
「今は違う」
ウィルフレッドの言葉に反応して、咄嗟にベルンハルトの口から出たのは低い声だった。そこに余裕の色はない。何かを考えるよりも先に、否定の言葉を発していたのだ。
何かがベルンハルトの胸をざわつかせる。
それが何なのか不思議に思いつつ、彼はこう続けた。
「俺がグレースの望みを叶える代わりに、彼女は俺に仕えるという契約をしたからね。しかも、ただの約束事ではない。魂を縛る魔族との契約だよ」
だから、グレースは返せないと説明するが、ウィルフレッドは折れなかった。
「どうすれば、彼女との契約を解除していただけますか?貴方の望む対価は何ですか?」
ハンッと、ベルンハルトは鼻先で笑う。
「君って、ただの第三階級神使でしょ?そんな身分の君が、俺を満足させられるモノを用意できるというの?俺が神話に出てくるような宝物を要求したらどうするのさ」
瀬々笑うベルンハルトに対して、ウィルフレッドは真顔で返した。
「もし、それが実在するのなら必ず手に入れてみせます」
「大口を叩くなぁ」
ならば、無理難題でも吹っ掛けてからかってやろうかと、ベルンハルトは考えた。ほとんど不可能な条件に悪戦苦闘するウィルフレッドを眺めるのは、さぞ滑稽だろう。
反面、ベルンハルトはこうも考える。
もしかしたら、この男なら無理難題も成し遂げかねないと。
グレースもウィルフレッドも、元は人間。魔王であるベルンハルトにとっては、取るに足りない脆弱な存在だ。しかし、その意志の強さには目を見張るものがある。
か弱い力しか持たないはずなのに、神使や魔族が思いもよらないようなことを成し遂げる――人間にはそういう素養があるのだ。
現にこのウィルフレッドは、グレースとベルンハルトの契約内容や、彼女が魔王秘書長官であることまで調べ上げている。そして、自動人形を利用して騒動を起こし、グレースに接触しようとした。
今回はベルンハルトが邪魔したせいで叶わなかったが、もしそうでなければ、ウィルフレッドはグレースと再会を果たしていただろう。
グレースの情報については、おそらくヘンリエッテあたりが漏らしたのだろうが、いったいどんな手を使ったのやら。自動人形のことといい、ものすごい行動力だとベルンハルトは感心した。
やはり、ウィルフレッドを甘く見るべきでないだろう。面白半分で無理難題をふっかけて、それをクリアされたらたまらない。
そう考えて、ベルンハルトは首を横に振った。
「悪いけれど、グレースを手放すつもりはないよ。あの子のこと、俺はけっこう気に入っているんだ」
ベルンハルトはできるだけ軽い調子で
すると、ウィルフレッドが目を丸くした。
「……驚きました」
「なにが?」
訝しむベルンハルトに、ウィルフレッドはこう言った。
「貴方、グレースに本気なんですね」
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