第34話 自室にて(Ⅱ)

 グレースが口を開く。


「陛下。一つお尋ねしてもよろしいでしょうか?」

「もちろん。何だい?」

「陛下は今回の真相についていましたよね」


 相手に尋ねる疑問ではなく、断定的な声音でグレースは訊いた。

 彼女の中で、ベルンハルトは予め全てを知っていたと、そういう確信があったからだ。


 思い返せば、ベルンハルトは今回の殺人事件の犯人として、二度もグレースの部下を疑うような発言をしていた。


 それだけではない。


 半狂乱になったパトリックはこう口走ったのだ。ヘンネフェルト伯爵やシュタインマイヤー公爵らは「ベルンハルトの甘言にのせられて」裏切ったと。

 つまり、天界からのスパイを寝返らせたのは、ベルンハルト本人ということになる。

 だから、ヨルクとヘンネフェルト伯爵が殺された時点で、ベルンハルトは気付いていたはずだ。今回の殺人事件が天魔戦争時代の寝返りに起因すると。


 怒りに燃えるグレースを前にして、ベルンハルトはへらりと笑った。


「あ~、バレちゃった?」


 いつもの軽い調子で、そんなことをのたまう。


「まぁ、俺には天界がかつて開発していた例の自動人形ゴーレムの知識もあったし。もちろん、伯爵や公爵がかつてスパイだったことも知っていたからねぇ」

「そこまで気付いておきながら、どうして黙っていたんですか?」

「君が今回の事件を解決できるか見てみたくてさ。そして期待通り、君は真相に辿り着いた!さすがだね」


 そんな風に褒められても、嬉しくとも何ともない。むしろ、さらに怒りが倍増するだけだ。グレースの拳はわなわなと震えていた。

 それを見て、ベルンハルトは肩をすくめる。


「でも、俺もそれとなく協力はしたよ。過去の天魔戦争時代の知識や情報に疎い君には酷だと思ったからね」

「だから、ヘンネフェルト伯爵の領地産の葉巻をわざわざ私に見せたのですか?」

「あっ、気付いていたんだね。アレは良いヒントになっただろう?」


 もはや、我慢の限界。

 気付いた時、グレースは叫んでいた。


「ふざけるなっ!!」


 激昂したグレースは、ベッドの上で立ち上がり、ベルンハルトの胸倉をつかむ。


「今回の事件でラルフは大怪我を負ったんだぞ!下手すれば、死ぬところだった!!お前が最初から、過去の事実を知らせてくれていれば、こんなことにはならなかったのに――っ!私を試したい!?そんな下らない興味のせいでラルフは――っ!!」


 ラルフのことだけじゃない。事件が長引けば、無関係の者たちの命を危険に曝す可能性があった。

 そのことが、グレースには許せない。


 だが、激怒するグレースを前にしても、ベルンハルトは涼しい顔をしていた。

 それどころか、気づかわし気にこう訊いてくる始末だ。


「グレース。傷に障るよ。怪我人は安静にしていなきゃ」

「――っ!!」


 怒髪天のグレースは、力任せにベルンハルトを殴ろうとした。しかし、その拳はあっさりと彼に封じられる。


「まったく、お転婆だなぁ」

「ぐっ!?」


 グレースの視界が反転する。気付いた時、彼女はベッドの上に組み敷かれていた。

 己の上にのしかかるベルンハルトを、グレースは渾身の力で払いのけようとするが、四肢をがっちりと押さえられてびくともしない。


 目の前の男と自分との間には、如何ともしがたい力量差がある。

 それをまざまざと見せつけられるようで、グレースはさらに苛立った。


 一方、ベルンハルトはというと、己を憎々し気に睨んでくるグレースを微笑ましく見下ろしている。


「あはは、君は可愛いな。まるで、毛を逆立てている子猫みたい」


 言いながら、彼は不思議そうに小首をかしげてみせた。


「君は一度、懐に入れた者に甘いよね。ラルフのことだけじゃなく、例の自動人形。あれにさえ、情をかけていたんだろう。修理できるって聞いて、あからさまに安堵していたよね」

「……」

「クールぶっているくせに、実は情が深い。そんなに優しくて、 のに、よくこれまで生き残ってこれたよね。感心するよ」


 ベルンハルトは愛おしそうにグレースを眺めながら、その額に軽く口付ける。

 ややあって、ベルンハルトはグレースからその身を離した。彼女の身体がフッと軽くなる。


 そのまま、ベルンハルトはグレースの部屋を出て行こうとした。

 扉の前まで行き、ふと思いついたように彼は振り返る。


「まぁ、いい機会だからしばらく休みなよ。これは君の主としての命令ね。君の仕事や、今後の天界との交渉はこちらで上手くやっておくからさ」


 じゃあね、と優し気に微笑んでベルンハルトは部屋を出て行った。後には、グレース一人が残される。


 グレースは行き場のない怒りに身を震わせていた。それは当然、ベルンハルトに対する憤りもあったが、何よりも自身のに対するものが大きかった。


 元々、ベルンハルトはまつりごとなどに熱心ではなく、民や部下に対する情も薄い男だ。そんな男に、初めから期待する方がどうかしていた。


 それでも、今回の事件を解決できたのは、ヒントというベルンハルトからのを貰えた故である。その事実に、グレースは己の不甲斐なさを感じずにはいられなかった。


 もっと、己に力や知識があったら……とグレースは考える。

 ベルンハルトなど頼らずとも、今回の事件を早急に解決できたのではないか。

 ラルフの命を危険に曝すことも避けられたのでは。

 そんな考えが止まらなかった。


「くそっ――!!」


 憤懣ふんまんやるかたなくて、グレースは己の拳を壁に叩きつけた。


 

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