第33話 自室にて(Ⅰ)

 グレースの傷は思いのほか深く、絶対安静を医者から言いつけられていた。

 というわけで、しばらく魔王城の自室で療養するはめになったのだ。


 しかし、おちおち休んでいては、仕事が溜まる一方である。せめて事務仕事だけでもと、グレースは部下に命じて、仕事の書類を持ってこさせた。

 それらをベッドの上で眺めていたところ、横からひょいと奪い取られる。


「こらこら、安静って言われたんでしょう?」

「……陛下」


 いつの間にか、気配もなく自室に入って来たベルンハルトをグレースはベッドの上から見上げた。


「聖魔法が付与された武器で斬りつけられたんだって?魔族の身体に聖魔法は毒だからなぁ。傷の治り、遅いでしょう?ちゃんと、休まないとダメだよ」

「……はい」

「そうそう。ラルフは意識が戻って、もうすぐ一般病棟に移るらしいよ」

「――っ!本当ですか?」


 それは嬉しい知らせだった。

 ケヴィンと戦い、重傷を負ったラルフは、手術が成功して一命をとりとめたものの、中々意識が戻らなかったのだ。

 部下の朗報に、グレースは顔をほころばせる。


「ふふ、その顔。すごく嬉しそうだね。部下思いなことだ」

「陛下はそのことをわざわざ知らせに?」

「ん~、それだけじゃないよ。パトリックの取り調べも進んで、今回の事件のあらましが大体分かったんだ。その報告をかねてね」

「……事件の説明はクラークから受けることになっていましたが?」

「うん。代わってもらったんだ」


 無邪気に笑うベルンハルト。その様子を伺い見つつ、グレースは考えた。

 なるほど、ちょうどいい。こちらも、ベルンハルトにはがある、と。


「では、お願いします」

「いいよ~」


 そうして、ベルンハルトはいつもの軽い調子で話をし始めた。




「まずは、ケヴィンの正体だけれど、アレは天魔戦争時代の対人戦用特殊自動人形らしいよ。天界側の兵器さ」

自動人形ゴーレムですか?」

「そう。しかも、敵中への潜入に特化した…ね」


 ベルンハルトが言うには、その自動人形というのは、対象となる者の姿形、記憶、そして性格までも模倣することができるそうだ。

 それだけでも厄介なのに、さらにおそろしいのは、普段、自動人形の意識は模倣した者そのものとなっていて、本人たちには自分らが兵器であるという自覚や意識すらないのである。

 そして、予め設定した条件を満たすときのみ、突如感情のない自動人形として覚醒し、任務を忠実に実行するのだ。


「つまり、普段はケヴィンそのものになりきって、本人ですらそう信じ切っていたと」


 ベルンハルトの話を聞いて、グレースはなるほどと納得した。

 どうりで、精神検査でも異常が見つからないわけだ。

 グレース自身、ケヴィンと接していて、彼が嘘をついているようにはとても見えなかった。


「そうそう。パトリックは喧嘩に巻き込まれて亡くなってしまった本物のケヴィンを、自動人形にコピーさせたみたいだね」

「そもそもパトリックは、どうやって自動人形を手に入れたのですか?」

「それがねぇ。突然、彼の前に現れたらしいんだよ」

「え…?」


 そんな都合の良い話があるだろうか。グレースが怪訝に思うと、それを察したようにベルンハルトは頷いた。


「うん、怪しいよね。でも、本当みたい。実は君が伏せっている間に天界から連絡がきてさ。機能停止していたはずの自動人形が誤作動で起動し、こっちに行ったって」

「…そんなことがあり得るんですか?」

「管理が甘いよね。でも、天界むこうの認識では、今回の自動人形は遥か昔――天魔戦争時代の遺物で、動くはずのない骨董品だったらしいよ。それがどうして突然目覚めたのか、とても不思議がっていたみたい」

「……」


 そんな偶然が起こり得るのだろうか。グレースはわずかに眉をひそめる。


「自動人形については、今後天界側が謝罪と共に、引き取りに来るらしいよ」

「引き取る?」

「うん。もしかしたら、修理した後に何かしらの形で再利用するのかもね」

「修理……?」

「自動人形、つまりは人工物だからね。君はアレの心臓を打ち抜いたみたいだけれど、部品を交換すれば、また動けるようになるだろうさ」

「……そうなんですか」


 その己の言葉に、安堵の響きがあることにグレースは気付いた。

 実際、彼女はホッとしている。


 例の自動人形は敵であり、ケヴィンのまがい物だ。本物のケヴィンはとうに亡くなっている。

 それでも、グレースが数か月仲間として共に過ごしたのは、そのまがい物であり、その彼を自らの手で殺めたことが心の重荷になっていた。

 あの自動人形のことを許すつもりはないが、魔界ここから離れた遠い所で、生きていてくれるなら、それはそれで良いとグレースは考えた。



 さて、ベルンハルトの話はまだ続く。

 自動人形に続いて、彼はパトリックについて話し始めた。


「次に、パトリックの動機だけれども、まぁあり大抵に言えばかな」

「贖罪…」


 そう言えば、園長室でパトリックが半狂乱になったとき、そんなことを口走っていたような気がすると、グレースは思い出す。


「実は、パトリックは天魔戦争時、天界側のスパイだったんだよね」

「えっ?」

「彼だけじゃない。殺害されたヨルク、ヘンネフェルト伯爵、フーゴ。そして、今回狙われたシュタインマイヤー公爵もそうだった。天魔戦争は俺たち魔族が神に離反したことがきっかけで起こった争いだけれども、そのときに天界は魔族側にスパイを潜り込ませたのさ。されが、さっき言った五人だよ」

「スパイですか…。しかし、伯爵や公爵らが今も天界側とコンタクトを取っているとは思えないのですが」


 ヘンネフェルト伯爵とシュタインマイヤー公爵はグレースにとって政敵だ。これまで、彼らを潰せるような弱みは幾度となく探ってきた。

 天界と繋がった裏切者なんて、これ以上ない弱みだが、そのような情報は、グレースがいくら調べても出てこなかったのだ。


「うん、そうだね。だって、彼らは結局天界を裏切って、魔族こちら側についたから」

「スパイが寝返ったのですか」

「そうそう。まぁ、よくある話さ。でも、他四人と違ってパトリックはその寝返りに納得していなかったみたい。彼曰く、リーダーだったアデルベルトに強要されたんだって」

「アデルベルト?」

「ああ、シュタインマイヤー公爵のことだよ。彼が神使だった頃の名前。ちなみに、ヨルクはヨープ、ヘンネフェルト伯爵はコルネリウス、フーゴはヒューホっていうのが元の名前だよ」


 それらの名前について、グレースは聞き覚えがあった。パトリックが「アイツ等のせい」と叫んだ時、挙げていた人物名である。


「そんなわけで、パトリックは堕天したことが不服だった。そんな不満を長年溜め込んで、生きて来たんだね。そうして年老いて、寿命がそろそろ迫って来たところで、天界に帰りたいと願うようになった。神使に戻って、神の下僕として死にたいんだって。酔狂なことだよ」


 そう話すベルンハルトの言葉には、侮蔑の響きがあった。


「そんなパトリックの下に突如現れたのが、今回の自動人形さ。パトリックはそれをだと考えたらしい。この自動人形を使って、裏切者たちを処刑すれば、己の罪はすすがれ天界に帰れると」

「実際、どうなんですか?パトリックの言うによって、彼は神使に戻れるのですか?」

「まさか。寝返ったスパイを処刑したところで神使に戻れる保証なんて何処にもない。そもそも、天魔戦争当時ならともかく、今シュタインマイヤー公爵らを殺したところですぎる。全て、狂った老いぼれのだよ」


 そんな独りよがりな老人の妄想が引き起こしたのが、今回の連続殺人事件というわけだった。

 自動人形ことケヴィンが魔王秘書官室に入ったのも、パトリックの意向らしい。国内外の情報が集まる秘書官室に在籍することで、ヘンネフェルト伯爵やシュタインマイヤー公爵の動向を把握し、彼らを首尾よく葬ろうとしたのだ。


 事件の真相を聞いて、グレースは黙り込む。頭の中で、彼女はこれまでの経緯を整理していた。


「人騒がせな話だよねぇ。まぁ、でも…事件が無事解決したみたいで良かったよ」


 これにて、一件落着。そんな雰囲気のベルンハルトを、グレースは睨みつけた。その瞳に、確かな怒りの感情を見て取って、ベルンハルトは「おや」と眉を上げる。

 面白おかしそうに、彼はグレースを見た。

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