第32話 対自動人形戦

 ゴォオオオン――!!


 派手な音を立てて、粗末な石造りの壁が見るも無残に破壊される。

 もうもうと立つ土煙から駆け出てきたのは、グレースだ。その後ろをケヴィンが追った。


 二人は孤児院の庭で対峙する。

 グレースの手には彼女の背丈ほどもある漆黒の大剣。一方、ケヴィンは光り輝く剣を手にしていた。


 ケヴィンの剣の刀身はロングソードくらいであるが、どうやらその刃は実体を持っていないようだ。あれは魔力の塊だろうとグレースは推測する。しかも、聖属性の魔力だ。魔族の身体でアレを受けるのはマズいと、本能的にわかった。

 ヨルク、ヘンネフェルト伯爵、そしてフーゴを殺害した凶器は、十中八九あの光り輝く剣のはず。ここまで証拠が揃えば、事件の犯人がケヴィンであることは疑いようがない。


 感情が消え失せ、殺戮人形のようになってしまったケヴィン。

 いったい、そこにどういうカラクリがあるのか――グレースはそれを明らかにしたかった。そのためには、彼を生け捕りにしなければならないだろう。

 殺害と捕獲では、後者で段違いに難易度が上がる。しかも、相手はラルフに重傷を負わせるくらいの手練れだ。これは、骨が折れるぞとグレースは思った。



 ヴゥンッ――と唸りながら迫り来る光の剣。その斬撃は速い。

 武器だけではなく、それを扱う側もやはり厄介だ。


 不幸中の幸いは、グレースがパトリックらと話している間に、孤児院の子供たちをミアたちに命じて、すでに他へ避難させていることだ。グレースは子供らのことを気にしないで、戦いに集中できた。


 黒の剣と白の剣ががっきり噛み合う。力ではグレースに分があるようで、じりじりとケヴィンは押されていった。

 と――突然、ケヴィンの手から剣が消失した。力をかけている先が急に消えてしまって、グレースは体勢を崩す。

 一方、ケヴィンは身をかがめて、グレースの内懐に飛び込んだ。そのまま、拳を彼女の下顎に打ちつける。


 不意のアッパーカットに、普通なら脳震盪を起こしてもおかしくない状況だ。しかし、グレースは踏みとどまり、あろうことか突き上げたケヴィンの腕を掴んだ。そして、力任せに彼を投げ飛ばす。ぼきりとケヴィンの骨が不吉な音を立てた。


 投げられながらも、ケヴィンは空中で姿勢を整えると、見事に着地した。とんでもない身体能力である。

 ただ、その右腕はおかしな方向に曲がっていた。おそらく、骨折しているのだろう。 

 通常なら酷い痛みに襲われるはずだが、当のケヴィンは相変わらず無表情だった。痛覚を遮断しているのか、そもそも痛覚自体がないのか――眉一つ動かすことなく、グレースに向き直る。その左手に、再び光の剣が現れた。


 痛みを感じないとしたら、いよいよ生け捕りは難しいぞ――グレースは軽く頭を振りながら、舌打ちしたい気分になっていた。

 そんな折、背後から甲高い声がした。


「止めて!ケヴィンお兄ちゃんをいじめないでっ!!」


 振り返ると、こちらに走ってくる子供の姿があった。いつだったか、チンピラ四人組に食って掛かったおさげの少女だ。

 孤児院の子供たちの安全は、ミアたちが確保してくれていたはずだ。きっと、少女はそこから抜け出してきたのだ。

 少女にとって、ケヴィンは気弱で優しい青年だろう。今の殺戮人形と化した彼のことは知らない。


「こちらに来るなっ!!」


 グレースが少女に向かって叫ぶ。同時に、ケヴィンの視線が少女に移り、そちらに駆けた。

 まさか!?そう思い、グレースは少女に迫るケヴィンの後を追う。

 ケヴィンの手に握られた剣が、いっそう輝きを増した。その剣をケヴィンが少女に振りかぶる。

 少女の方は目を丸くしてケヴィンを見上げた。


「――っ!!」


 凶刃が少女に届く前に、グレースはそこへ割って入った。彼女は己の身体を盾にして少女をかばったのだ。

 即席の防御結界を展開したが、光の剣はそれを容易に突き破っていく。

 グレースの脇腹に熱いものが走った。


「お姉ちゃん!?」


 ボトボトと腹から血を流すグレースを目にして、おさげの少女は悲鳴を上げる。

 グレースはとっさに魔力で自身の血管を収縮させ、それ以上の出血を防いだ。

 傷は思いのほか深く、内臓まで届いている。激痛のせいで、グレースの額に脂汗が浮かんだ。


 もはや、生け捕りなどと、悠長なことを言っている場合ではない。こちらは手負いで、少女という守るべき対象までいるのだ。


 グレースは顔を歪めた。それは痛みのためではない。

 短い間ではあったが、己の部下だった人物をこの手で葬らなければいけない現実に対して、ズキリと胸が痛んだのだった。


 けれども、それも一瞬のこと。

 次の瞬間には、グレースは気持ちを切り替える。

 まっすぐに、己のを見据えた。


 突如、グレースは手に持っていた巨大な黒の剣をケヴィンに向かって放り投げた。

 まさか、自らの武器を投げてくるとはケヴィンも予想外だったのだろう。こちらに飛んでくる剣を避けながら、彼は体勢を崩す。

 それでも、すぐに体を起こし、グレースと対峙しようとした。


 その刹那。


 バシュッ――!!


 黒い何かが、目にもとまらぬ速さでケヴィンの胸を貫いた。

 グレースが放った『黒ノ魔弾』が彼の心臓を正確に射抜いたのである。


 ケヴィンは呆けたように、まず穴の空いた自分の胸を見て、それからグレースの方に顔を向ける。

 グレースと目が合ったとき、わずかにケヴィンの目元が緩んだ。それはまるで、ホッと安堵したようで……。


 ガクリとケヴィンは膝を折り、そのまま地面に倒れていく。

 こうして、魔界を震撼させた自動人形ゴーレムは機能を停止したのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る