第31話 殺人犯(Ⅲ)

 ケヴィンは自分が今、グレースに何を言われたのか理解できていないようだ。

 彼はパチパチと瞬きし、少しの間固まる。

 ややあって、「えっ!?」と驚きの声を上げた。


「それって、まさか!ボクが犯人だと疑っているんですか!?」


 まさに青天の霹靂といった顔で慌てふためくケヴィンは、とても演技をしているようには見えない。先ほど、ラルフの負傷を知った時も、本気で彼を心配しているようだった。


「ボクが誰かを殺すなんてできるわけない!そんな度胸も力もありませんよっ!!」


 ケヴィンは必死で訴える。少なくとも彼自身は自らの無実を信じているらしい。

 グレースは懐から一枚の紙を取り出し、ケヴィンに提示した。


「まず、これを見てくれ」

「これは……死亡診断書?」

「そうだ。この貧民街の近くにある病院から取り寄せた。その名前の欄を確認してくれ」

「――っ!?」


 ギョッとしたように、ケヴィンは目を見開いた。それもそのはずで、その死亡診断書は本人のものだったのだ。


「えっ?ええっ?」

「その診断書が書かれたのは、君が秘書官室うちに入る一月前のことだ。つまり、君が秘書官になった時点で、すでにケヴィンは死んでいたことになる」

「いや…おかしいですよ!だって、ボクは現にこうして生きているのに……」

「そう、ケヴィンは死んだ。なら、今私の目の前にいる君は――誰だい?」

「ボクはボクです!この診断書はきっと何かの間違いでっ――!」


 ケヴィンがそう叫ぶと、横からパトリックが「その通りです!」と会話に割って入ってきた。


「おや?ど園長先生は何かご存じで?」


 そうグレースが水を向けると、パトリックは矢継ぎ早に話し始めた。


「実は数か月前に、ケヴィンは酔っ払いの喧嘩に巻き込まれ、倒れて近くの病院に運ばれたんです。そのとき、診た医者がヤブで、気絶したケヴィンを死んでしまったと早とちりしてしまったんですよ。死亡診断書は、そのときのものでしょう」

「えっ…?園長先生。ボク、そんな覚えはないのですが……」

「あのとき、君は頭をひどく打っていたからな。そのせいで記憶が混乱しているのだろう」


 二人のやり取りを見て、「ふむ」とグレースは呟いた。


「確かに。仮死状態の人間を死んだと誤認して葬儀を行ってしまうような事態は、極稀に聞きますが…」

「そうでしょう!そうでしょう!」


 我が意を得たように、パトリックが頷く。


「ケヴィンは間違いなく、ケヴィン本人です!その診断書が間違っているだけでっ――」

「その可能性もありますね。ところで……」


 やおらグレースはケヴィンに近づくと、いきなりその上着の長袖をめくった。

 突然のことで、ケヴィンはグレースを止めることができず、されるままになる。袖がめくられ、露出した彼の右腕には包帯が巻かれてあった。


「この包帯……怪我でもしたのか?」

「えっ…アレ……?」


 グレースに指摘されて初めて気付いたように、己の腕の包帯を見て、ケヴィンは目を白黒させる。


「いつのまに、包帯なんか…アレ?」

「例の連続殺人犯がシュタインマイヤー公爵を襲った時、ラルフは犯人とやり合い、一矢報いたそうだ。そう、その右腕にな」

「えっ……えっ?」


 グレースの言わんとしていることを察したのだろう。ケヴィンの顔に、戸惑いと絶望の色が浮かぶ。

 ケヴィン本人には、シュタインマイヤー公爵やラルフを襲った自覚はない。けれども、状況証拠はその犯人がケヴィンだと物語っている。


「え?え?え…っ?」

「ラルフの武器に付着した血液と君の血を鑑定魔法にかけ照合すれば、全て分かることだ。公爵を襲い、ラルフと戦った連続殺人犯は誰か……がな」

「あっ……あ……」


 ケヴィンは混乱し、膝を折った。そのまま、その場に座り込んで頭を抱える。その体は小刻みに震えていた。

 そんな彼から視線を移し、グレースは冷ややかにパトリックを見た。


「園長先生。もちろん、あなたも重要参考人として一緒に来てもらいますよ」

「――くない」

「はい?」


 パトリックはわなわなと口を震わせたかと思うと、唾を飛ばして怒鳴った。


「私は悪くないっ!悪いのはアイツ等なんだっ!ヨープ、コルネリウスにヒューホっ!そして、アデルベルト!!皆、みんなアイツ等のせいなんだっ!」


 突然、憤怒の表情でわめき始めたパトリックに、グレースは顔をしかめた。

 ヨープ、コルネリウス、ヒューホ、アデルベルト……?

 いったい、誰のことを言っているんだ?もしかして、殺された三人とシュタインマイヤー公爵のことを指しているのだろうか、と疑問に思う。


「奴らがベルンハルトの甘言にのせられて裏切るから……私は巻き込まれただけ、そう巻き込まれただけなんだっ!――私は神を裏切る気なんてなかったのにっ!!」

「おい、落ち着け」


 グレースがいさめようとするが、パトリックは極度の興奮状態に陥っていて、彼女の声など届いていないようだった。


「堕天したまま、こんな地の果てで終わるなんて私は嫌だっ!私は帰りたい!光り輝く天界に、神の御許にっ……」


 傍から見ても、パトリックの様子は常軌を逸していた。彼の目は血走り、焦点が定まらず、此処ではない何処かを見ている。


「そのためには贖罪を……そう、贖罪を果たさなければならん!そうすれば、私は再び神のしもべに戻れるんだ!」


 ギョロリとした目で、パトリックはグレースを睨む。そして、鬼気迫る顔でこう吠えた。


「殺れっ!この女は神の敵、だ」


 その瞬間、ケヴィンの身体の震えがぴたりと収まった。彼は立ち上がり、身体をグレースの方へ向ける。


「っ!?」


 ケヴィンの顔を見て、グレースは息を飲んだ。

 その顔は確かにケヴィンなのだが、感情と言うものが一切消え失せていた。まるで、精巧にできた人形みたいだ。感情豊かだった彼の琥珀色の瞳は、今は無機質なガラス玉のようだった。


 そして、いつの間にか――彼の手には白亜に輝く光の剣が握られていた。



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