第29話 殺人犯(Ⅰ)

 エレオノーラ・バルツァー伯爵の協力の下、グレースはヨルクの周囲を徹底的に洗い直した。

 その結果やっと、身なりの良い壮年の男性と会っていたという目撃情報を得ることができたのだ。


 この身なりの良い男というのが、断定はできないが、ヘンネフェルト伯爵と思われた。

 やはり、ヘンネフェルト伯爵はヨルクに金銭の援助をしていたようだ。他にも名産の高級葉巻を渡していたのだろう。

 だから、無職で大した財産もないはずのヨルクが、賭場に出入りし、高級葉巻を所持していたわけである。


 問題は、どうしてヘンネフェルト伯爵がヨルクを援助していたか……だが、その理由は不明のままだ。

 ただ、調査する中でグレースはに気付く。それは例の高級葉巻に関することだ。

 実はあれを、ヨルク宅の場所でもグレースは最近目にしていた。それを思い出したのだった。


 まさか……と思いつつ、グレースは調べを進めた。

 その結果、意外な事実を発見する。


 今、グレースの手にはとある人物の死亡診断書があった。


「すでに死んでいる…?いや、待て。それじゃあ、は誰なんだ?」


 彼女が呆然とそう呟いた時、勢いよく自室の扉が開いた。

 振り返ると、そこには血相を変えたクラークがいる。

 普段礼儀正しい彼がノックもせずに入室したこと、何よりその表情から、ただ事ではない事態が起こったのだとグレースは察した。


「グレース様!ラルフが――っ!!」




 クラークの話では、ラルフは大怪我を負い、現在は王都の中央病院で治療中とのことだった。

 グレースはクラークと共にラルフの下へ向かう。病院までの道中に、彼女はラルフが負傷した経緯を聞いた。


 グレースの命を受けて、ラルフはシュタインマイヤー公爵の監視を続けていた。

 この日、公爵は王都にある屋敷を出て、馬車でどこかに向かおうとしていたようだ。

 ラルフがそれを尾行していると、しばらくして辺りが霧に覆われた。そう、ヘンネフェルト伯爵のときと同じ状況である。

 ラルフは同じ失敗をするほど愚かではない。伯爵のときのように、公爵をみすみす殺されるわけにはいかないと、彼はすぐに馬車へ走った。


 予想通り、公爵は何者かに襲撃を受けていて、彼の自前の護衛たちはすでに倒されていた。そして、当の公爵本人も、まさに襲撃者によって殺されそうになっている。

 そこへラルフが割って入った。



「公爵は無事なのか?」


 グレースはクラークに尋ねる。


「はい。ラルフのおかげで公爵には大した怪我はないようです。騒ぎを聞きつけて人々が集まって来たこともあり、敵は撤退したとか。しかし、ラルフ自身が……」


 ラルフのおかげで公爵の命は守られた。だが、ラルフ自身は襲撃者との戦いで重傷を負ってしまったようだ。そのまま、彼は中央病院に運ばれ――現在に至る。


「それで、襲撃者は一人か?公爵らはその顔は見たのか?」

「公爵の生き残った護衛の証言では、犯人は一人。ただ、顔の方は目深にかぶったフードの下に仮面をつけて隠していたようで…」

「……体格はどうだ?」

「おそらく、細身の男ではないかということです」


 公爵の護衛を退けた上、ラルフに大怪我を負わせたのなら、その襲撃者は相当な手練れだ。それはいったい、誰なのか――?


 グレースの頭の中で、ある人物の顔が浮かぶが、とてもそんなことができるようには見えない。しかし、状況はが怪しいことを物語っている。

 

 混乱と苛立ちがグレースの胸をざわつかせた。それを何とか落ち着かせようとしているうちに、グレースたちは中央病院に到着する。


 すぐにラルフと面会しようと思ったグレースだったが、それは叶わなかった。彼はまだ治療中――しかも、外科手術中だと言う。

 聖魔法の中には優れた治癒魔法がいくつもあるが、あいにくここは魔界。聖魔法はなく、在るのはせいぜい自身の治癒力や免疫力を高める魔法だ。

 魔法だけでは心もとない。そのため、魔法と医術が併用して使われていた。


 手術室前の待合椅子には、ミアが一人座っていた。彼女はグレースたちに気付いて、立ち上がる。その顔は青ざめていた。

 ラルフがこの病院に運ばれたと知るや否や、ミアはいの一番に駆け付けたのだ。


「センパイっ…!!」

「ミア、ラルフの容態は?」


 ミアは張り詰めた表情のまま、口を開く。


「かなり出血していて、医者が言うには予断を許さない状態だと。ラルフ、横腹を斬られていて……あとっ…」

「なんだ?」

「アタシ、手術室に入る前にラルフに会ったんです。アイツ、意識が朦朧もうろうとしながらも言ってました。敵の右腕に傷を負わせたって」


 襲撃者の顔は分からないが、ラルフは敵に一矢報いたようだ。右腕にある傷が犯人の証拠。

 しかし、その手掛かりだけで、広い王都から襲撃者を見つけるのは、ほとんど不可能に思われた。

 それがミアにも分かっているのだろう。彼女は悔しそうに唇を噛む。


「センパイッ!アタシ絶対、このままじゃ終わらせられない!どうにかして、あの敵を見つけられませんか!?」


 怒りに顔を歪ませながら、そう訴える彼女に、グレースは静かに言った。


「もし、今回の襲撃者が例の連続殺人事件の犯人なら……心当たりがある」


 それを聞いて、ミアもクラークも驚く。


「この事件もそろそろ終わりにしないとな」


 そう呟くグレースの眼光は、氷のように鋭く、冷たかった。



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