第25話 魔法講習(Ⅰ)

魔界第七地獄国境「災禍さいかノ大密林」


 どぉおおおんっ!!


 突然、爆発音が鳴り響き、周囲の樹木から鳥たちが羽ばたいていく。音の発生源を辿れば、木々が消し炭になり地面に大穴が開いていた。そこには横たわる巨大な魔物の死体と、呆然と立ち尽くすグレースの姿がある。


「どうして……?」


 がっくりと彼女は肩を落とす。上半身がえぐれて消滅している大王蜥蜴だいおうとかげの姿を見て、溜息をこぼした。ああ、この魔物の鱗は高値で取引されているのに、半身分をダメにしてしまった、と。


 この日、グレースは鍛錬のためにこの災禍ノ大密林に来ていた。強力な魔物がうごめくこの場所で、新しく覚えた魔法を試すつもりだったのだ。


 『黒ノ魔弾』という仰々しい名前のソレは、目にもとまらぬ速さで魔力粒子を発射し、敵を貫く魔法。高火力だが、攻撃範囲は局所的。グレースは「攻撃範囲が局所的」という点に惹かれて、この『黒ノ魔弾』を習得しようと思い立った。

 彼女の当初の思惑では、大王蜥蜴の心臓だけを射抜く予定……だったが、このありさまだ。これでは何のために、『黒ノ魔弾』を覚えたのかが分からない。


「術式は合っている……はず。となると、魔力の配分を間違えた?」


 ベルンハルトによって強大な魔力を分け与えられたグレースだが、授けられたのは魔力だけ。それを活用するための魔術の知識は自分自身で学ぶ必要があった。現状、グレースは貰った魔力を持て余し気味であり、その力をどう振るえばよいか、まだまだ学習中だ。

 そのため、グレースは暇を見つけては、魔王城の図書室にある魔導書を引っ張り出し、魔法の勉強をしていた。技術面で、魔界の魔法は人間界のものよりも格段に上をいっていた。もはや自然災害レベルの高火力かつ大規模魔法から、より少ない魔力で魔法式を展開する技術まで――魔導書から学ぶことは多い。多いのだが……。


「はぁ」


 また、溜息を吐くグレース。魔導書を読んだからと言って、それをすぐ実践に移せるかと言えば、もちろんそうではない。

 そもそもグレースは座学が苦手だ。そんな彼女が頭を悩ましながら術式を覚えても、それを思った通りに再現できるまでの道のりは長かった。そう、今の『黒ノ魔弾』のように。


「落ち込んでいても仕方ない。とにかく、練習あるのみだな」


 グレースは気を取り直して、再度『黒ノ魔弾』に挑戦しようおとした、そのときだ。


「おいおい。まさかこの辺りを焼け野原にするつもりじゃねぇだろうな」


 呆れたような低い声が背後から聞こえてきて、グレースはサッと身を翻す。

訓練に集中するあまり、周囲への警戒を怠っていたか?彼女は己の失態に舌打ちしつつ、即座に臨戦態勢に入った。ぶわっと、殺気があふれる――だが。


「え…ザシャ閣下?」


 己が対峙する相手――第四地獄を統括する憤怒の魔王ザシャの姿を目に止めて、グレースは目を見開く。


「すまん、気配を消していた。驚かせたな」

「あ…いえ……」


 まさかの上司の友人(?)の登場に、グレースは臨戦態勢を解いた。周囲をビリビリと威圧するような殺気が霧散する。

 どうして、こんな所にザシャが?確かにこの密林は、第七と第四地獄の国境付近にあるが……グレースが困惑しながら、ザシャの顔を伺った。


「アンタ、また鍛錬でもしていたのか?」


 尋ねるザシャに、おずおずとグレースは頷いた。


「あ、はい。新しく覚えた魔法の練習がてら魔物退治を……」

「相変わらず、真面目だな」


 ザシャはひっそりと笑いながら、「だが、やりすぎは感心しねぇ」と言った。


「やりすぎ……ですか?」


 グレースは首を傾げながら聞く。ザシャの言っている意味がよく分かっていなかった。


「別に魔物狩りを止めろとは言わん。だが、あまりに度が過ぎるのは感心しねぇ。さっきの魔法の練習……だったか?を連発していたら、この密林の環境や生態系に影響を及ぼすぞ」

「……申し訳ございません」


 グレースは素直に謝罪した。


 この災禍さいかノ大密林は強力な魔物が巣くっているため、魔界の住民はまず近か寄らない。故に、他人に迷惑は掛からないだろうと踏んでいたグレースだったが、この森の環境や生態系にまで考えが及んでいなかった。グレースは己の浅慮を反省した。


「ご忠告ありがとうございます。練習場所は変更することにします」


 ぺこりと頭を下げて、グレースはその場を辞そうとした。そんな彼女を、少し慌てたようにザシャが呼び止める。


「どこに行くんだ?」

「えっと…人も通らず、動植物もほとんどない『枯槁ここうノ荒レ地』にでも行こうかと」

「此処から随分距離があるじゃねぇか。別に俺はアンタの鍛錬の邪魔をしたいわけじゃねぇ。にしてくれたら良いんだ」

「実は、あの魔法の練習にはまだまだ時間がかかりそうで……に収まるかどうか……」


 全く自信のないグレースである。さっきの調子なら、『黒ノ魔弾』習得までの道のりはかなり遠いと思われた。


「そもそも、いったい何の魔法の練習をしていたんだ?」

「……『黒ノ魔弾』です」


 グレースが質問に答えると、


「えっ!アレがかっ!?」


 珍しく、ザシャが声を上げて驚いた。彼のその反応に、グレースは地味に精神的ダメージを受ける。他人から見ても、やはり先ほどの魔法は『黒ノ魔弾』と程遠い代物なのだろう。


 力なく項垂うなだれるグレースを見て、ザシャは「しまった」という顔をした。何か取り繕う言葉を言おうとするが、元来口が上手い方ではない彼には何も思い浮かばなかったようだ。

 結局、ザシャはぼそりと言った。


「その……スマン」

「いいえ。私がまだまだ未熟なだけです」


 図らずしもグレースの鍛錬にケチをつける結果になってしまい、ザシャは気を咎めたのだろうか。彼はバツが悪そうな表情で頬を掻いた後、こう持ち掛けた。


「その練習、俺も付き合ってやろうか?」


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