第24話 記録と記憶(Ⅱ)
グローディア王国の第三王子として生を受けたウィルフレッドは、幼い頃から聡明かつ眉目秀麗な男児として皆から注目されていた。それを異母兄弟である第一王子や第二王子、その母親たちは快く思っていなかった。王位継承順位第三位にもかかわらず、ウィルフレッドは刺客を向けられ、何度も命を狙われることになる。
あのときもそうだった。
ウィルフレッドは別荘地から王都に戻る途中、刺客に襲撃された。馬のいななきと共に横転する馬車、刺客によって斬り殺される従者と護衛。いよいよ凶刃がウィルフレッドの目前に迫って、彼は死を覚悟した。
大柄な男が剣を振りかぶる。きゅっと、ウィルフレッドは目をつむった――が?
ギャアッ、グエッ――蛙がつぶれたような声が聞こえ、しばらくしてシンと静かになった。ウィルフレッドが恐る恐る目を開くと、そこには薄汚れた身なりの一人の少女がいた。
「君が一人で倒したの?」
ウィルフレッドは驚きながら尋ねた。というのも、少女の傍には、ウィルフレッドを襲ってきた連中が地面に伏せっていたからだ。
少女はウィルフレッドと同じか、少し年上くらいの年齢だった。痩せていて、手足は棒のように細い。彼女はその手に棒きれを持っていた。
そんな身体と粗末な武器で、どうやって大の男を三人も倒してしまったのか、ウィルフレッドは不思議で仕方なかった。しかし、立っているのが少女で、倒れているのは男たちという現実が、彼女が勝者であることを物語っている。
少女はウィルフレッドを鋭く睨み、それから
「ねぇ、待って!待ってったら!」
「……」
「助けてくれて、ありがとう!ねぇ、お礼をしたいから、僕と一緒に城まで来てくれない?」
「……」
「頼むよ!護衛もみんな殺されちゃって、僕一人じゃ城に帰れるかもわからない。また、刺客に襲われるかもしれないし…」
「……はぁ」
ウィルフレッドを無視して歩いていた少女の足がピタリと止まる。やっとこちらを振り返った彼女は、忌々しそうに眉間に皺を寄せていた。そんなことはお構いなしに、ウィルフレッドはにこりと笑顔を見せる。
「僕はウィルフレッド。君は?」
「……グレース」
それがウィルフレッドとグレースの出会いだった。
ウィルフレッドがグローディア王国の第三王子であることを告げると、あからさまにグレースは嫌悪の表情を見せた。いったい、どうしてそんな顔をされるのか、当初のウィルフレッドには理解できなかったが、それはグレースの生い立ちを聞くことで分かった。
グレースは貧しい農家の生まれで、彼女の下には弟がいた。そう、いた――過去形である。それについて、グレースはこう言った。
「殺された」
「え…?誰に?」
「お前らに殺されたんだ。弟も両親もな」
それは
農作元の収穫が凶作に見舞われ、大規模な飢饉が起こって食料がなくなっても、徴税人はなけなしの蓄えすら奪っていく。疫病が流行っても、国王や貴族らは何の対策もしない。上は果たすべき役目を果たさず、平民たちは搾取され続けるだけ……。
大勢の農民が飢えと病によって亡くなり、グレースの両親や弟も同じ憂き目にあった。
家族の中で唯一グレースだけが生き残り、以来彼女は独りぼっちだった。生まれながらに大人顔負けの身体能力と丈夫な体を有していたグレースだからこそ、この過酷な環境を乗り越えられたのだろう。
「本当なら、お前も見殺しにしようと思っていた」
グレースはウィルフレッドに対して冷ややかに言った。
刺客に襲われているのは、どう見ても庶民ではない金持ちで、貴族の坊ちゃんか何かに見えた。
王族貴族はその身分にあるというだけで、グレースにとっては憎い仇のような存在だ。そんな相手に慈悲をかけるつもりはさらさらなかったのだが……結局、グレースはウィルフレッドを助けてしまった。
「どうして、そんな僕を君は助けてくれたの?」
その答えをグレースは渋ったが、ウィルフレッドが諦めず尋ね続けると、根負けしたようにボソリと呟いた。
「眼」
「え?」
「眼が…弟に似ている気がした」
王都に着く手前で、「ここまで送れば一人で帰れるだろう」とグレースはウィルフレッドから離れようとした。その手を彼は慌てて掴む。
「なんだ?まだ、何か用が――」
怒ったようなグレースの言葉を遮って、ウィルフレッドが言った。
「僕と一緒にこの国を変えよう」
その言葉に、グレースは大きく目を見開く。
「お前、何を言って――」
「本当は分かっていたんだ。父は……今の王は間違っている。政治は腐敗し、一部の特権階級の者たちだけが富を貪っている。このままではいけない。僕は王族として、国民への義務を果たさなければならない」
それはウィルフレッドの本心からの言葉だった。しかし、第三王子の身分である自分が国を変えるためには、通常の方法では難しい。だから、これまで迷っていたが……この日、グレースに出会ってウィルフレッドは心を決めた。
ウィルフレッドは胡散臭そうに己を見ているグレースに
「ねぇ、グレース。僕に力を貸してくれないか?二人で新しい時代を作ろう。誰も飢えない、幸せな国を作るんだ」
「お前、気は確かか?そんな夢みたいなこと、できるわけ……」
「できるよ!君が力を貸してくれるのなら、きっと」
グレースは困惑しつつも、鋭い目つきでウィルフレッドを睨んでいた。彼の覚悟が本物かどうか、その場限りの戯言を口にしているのではないか――見極めようとしているようだった。そんなグレースの視線をウィルフレッドは真正面から受け止めた。
やがて、グレースが口を開く。
「誰も飢えない、幸せな国を作る――お前は本当にソレを目指すんだな?」
「うん」
「もし、やっぱり止めた……なんて寝言を吐きやがったら許さねぇぞ」
「もちろん」
ウィルフレッドが手を差し出すと、一瞬躊躇した後、グレースは彼の手を取った。
「これで僕らは同志だ。これから先、何があっても一蓮托生。運命を共にすると誓うよ」
「クサい台詞だな」
グレースは呆れ、それからニィと口角を吊り上げた。
「でも、いいぜ。アンタが裏切らない限り、私はどこまでもついて行ってやるよ。たとえ、それが地獄の底でもな」
こうして、グレースはウィルフレッドに仕えるようになった。
二人は主従関係にあったが、それと同時に盟友でもあった。
ウィルフレッドはグレースを信じていたし、彼女も彼を信じていた。互いが唯一無二の存在だったはず――少なくとも、ウィルフレッドはそう信じていた。
それなのに……。
中央図書館第三資料室、暗闇の中に浮き上がるホログラム。そこに、懐かしいグレースの姿を見ながら、ウィルフレッドは呟く。
「グレース。どうして君は僕を裏切ったんだい?」
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