第23話 記録と記憶(Ⅰ

「ウィルフレッド、すまない!君に何もかも押し付けるようなことになってしまって…っ!」


 そう言って何度も謝るグレイアムに、ウィルフレッドは微笑んだ。


「大丈夫ですよ、グレイアムさん。気にしないでください」

「そうは言っても…例の自動人形ゴーレム、聞く限り厄介だぞ。館長が言っていたが本当ならとんでもない。アイツは敵の中に難なく潜り込める。なにせ、対象をそっくりそのままコピーできてしまうんだから」


 確かにグレイアムの言う通り、件の自動人形ゴーレムは敵中に潜入するにはこれ以上ない性能を有していた。


 あの自動人形ゴーレム自体には人格はない。しかし、彼らは対象となる者の姿形、記憶、そして性格までも模倣することができる。

 おまけに、自動人形ゴーレムたちは模倣した対象者となって行動することができた。普段は、その人格が仮初かりそめのもので、本来は兵器であるという自覚や意識すらないのである。

 そして、予め設定した条件を満たすときのみ、突如感情のない自動人形ゴーレムとして覚醒し、任務を忠実に実行した。


 これは敵からしたらとんでもないことだ。スパイをあぶり出そうとしても、自動人形ゴーレム自身にスパイの自覚はなく、コピーした対象人物になりきっているわけだから、精神検査で摘発できる可能性も低くなる。


 この自動人形ゴーレムは、敵地への潜入目的では無類の性能を誇っていた。これなら、単身で魔界に潜り込んでも、大事件を引き起こしかねない。

 それらのことを承知で、ウィルフレッドは頷いた。


「そうですね。被害が広がらないためにも、早急に魔界と連絡をとるべきでしょうね。とにかく、私もやれるだけのことはやってみます。幸い館長さんも、協力はしてくださるみたいですし」

「どこまで信用できるか、怪しいけれどな…」


 ウィルフレッドは先ほどの図書館長のことを思い出す。暴走し、魔界へ向かった対人戦用特殊自動人形についての対処をウィルフレッドに一任すると、彼は心の荷が下りたとばかりに、晴れやかな笑顔になっていた。


「まぁ、何とかなりますよ」

「何とかって…君は恐ろしくないのかい?なんたって魔界……しかも第七地獄だぞ?」


 魔界は七つの国に別れ、それぞれを七人の魔王が統治している。その中でも、第七地獄は「この世の終わり」「最も穢れた地」「全ての苦しみが集まる最下層」と悪評高い場所だった。

 第七地獄を統べる魔王ベルンハルトも、その側近の魔族たちも悪逆非道、陰険かつ狡猾、獰猛。とても同じテーブルの席について話し合いなど望めない――というのが、一般的な神使しんしの意見である。


 そんなわけだから、グレイアムがウィルフレッドを心配するのも当然だった。

 しかし、当のウィルフレッド本人は涼しい顔をしていた。


「確かに昔の第七地獄は酷い有り様だったようですが、今はかなり改善されたらしいですよ」

「え?そうなの?」

「ええ。仕事で魔界とのやり取りがある役人から聞いたのですが、ここ数十年で様変わりしたとか。何でも優秀な秘書官がいるらしいです」

「へぇ。君は本当に物知りだなぁ。図書館のことだけじゃなく、魔界のことまで……」


 グレイアムは感心するが、それでも浮かない顔だ。やはり、ウィルフレッドのことが心配のようである。彼に全ての責任を押し付けてしまったという自責の念もあるのかもしれない。

 迷いつつ、グレイアムはこう切り出す。


「やはり、僕も一緒に交渉の場に臨もうか?いや、何の役に立てるか分からないけれどさ」

「ありがとうございます」


 ウィルフレッドはふわりと微笑んだ。男のグレイアムでも思わず赤面してしまいそうな、美しい笑みだった。そんな微笑を浮かべて、ウィルフレッドは続ける。


「でも、本当に私一人で大丈夫ですよ。それにこういう交渉事は、生前から慣れていますから」

「そ…そっか……」


 グレイアムはホッとしたような、それでもまだ心配なような、複雑な表情をしていた。




 中央図書館第三資料室――皆が帰宅し、シンと静まり返った室内で、カタカタとキーを打つ音だけが響いていた。

 ウィルフレッドが自分の席に座り、一心に作業をしている。その手元には、たくさんの歯車とボタン、複雑な配管の機械「魔導端末」があって、付属された文字盤に彼はひたすらコードを入力していた。本来、閲覧には第二階級神使以上の承認が必要なデータへのアクセス制限を無理やり突破する。


 すると、魔導端末から光が伸びて、ホログラム上に映像が現れる。それは死後、人間が裁かれる『審判』の記録だった。とある人物の裁判風景が映像記録として流れる。のことを、ウィルフレッドはよく知っていた。


 グレース――かつて、ウィルフレッドに仕えたが、その裏で彼の家族を殺害。その罪をアッカー侯爵に告発されそうになり、これを阻止するためにまた殺害。最終的には、処刑台に送られた稀代の悪女と評される人物。


 グレースが法廷に現れた瞬間に、ウィルフレッドの眼の色が変わった。凪いだ海のような瞳が一転する。

 そこにあるのは、宿敵と相対するような怒りの感情か、最愛の人と別れてしまったときの悲しみの感情か、はたまたその両方か。


「グレース…」


 ウィルフレッドは無意識にその名前を呼んだ。彼の脳裏によぎるのは、彼女との出会いの頃の記憶である。

 あれはそう、ウィルフレッドがまだ王子だった頃のこと……。




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