第22話 大戦の遺物
天界『中層』中央図書館
中央図書館地下の大倉庫から忽然と姿を消したのは、天魔戦争時代の対人用兵器だった。
衝撃的な話を倉庫番の男から聞かされた図書館司書のウィルフレッドとグレイアムは戸惑った顔をする。
「いったい、どうしてそんな物騒な代物が図書館の倉庫に収められていたの?」
そうグレイアムが問うと、「壊れていたんですよ!」という返答が倉庫番から返ってきた。
彼曰く、遥か昔に兵器として製造された
「本当に壊れていたの?」
「それは絶対です!倉庫に保管されていた
「となると、壊れた
「いったい、どうしてこんなことに…。ああ、どうしよう……」
倉庫番の男は今にも泣きだしそうになっていたが、その肩にウィルフレッドが優しく手を置く。
「とりあえず、上に知らせましょう」
「で、でも…僕の責任問題に……」
「不安なのは分かります。しかし、事態を隠蔽して、それが後で発覚してしまったら、それこそ大問題になりかねません」
「……」
「上司への報告には私も付き添いますから…ね?さぁ、勇気をもって」
「……はい」
ウィルフレッドに説得され、倉庫番の男はおずおずと頷いた。そのまま、彼ら三人は事の経緯を上役に報告しに行った。事情を聞かされた上司は狼狽し、「どういうことだっ!」と倉庫番を怒鳴りつけたが、ウィルフレッドが二人の間に割って入る。
「まずは図書館のセキュリティログを確認しましょう。未だ
淡々とするべき対処について口にするウィルフレッドを見て、沸騰していた上司の頭も冷静になっていく。中央図書館の施設内には、防犯のため小型撮影装置がいたるところに設置されているが、ひとまずその記録を調べようという話になった。
中央図書館の職員らは総動員で、膨大なセキュリティログデータを調べたが、消えてしまった
映像記録上、その一体は地下の大倉庫内に鎮座していたのだが、ある時を境に忽然と消失していた。その他に問題の
もはやお手上げ状態になった中央図書館の上役たちは、この事態をさらに上へ――立法府へ報告した。
それから数日後――ウィルフレッドとグレイアムはる図書館長室に呼び出された。
「例の
二人が部屋に入るなり、中央図書館のトップである第二階級神使の館長は重々しい口調で言った。
「まず、あの
「それは…その、良かったですね?」
グレイアムが言う。
壊れてしまっているとは言え、
しかし、その心配が晴れたと言うのに、図書館長の表情は暗い。
「そう最悪の事態は免れたのだが……君。あの
「えっ?そんなことが分かるんですか?」
「ああ。どうやらあの
「ってことは、
「そのはずだったんだがな。どういうわけか知らんが、現在も
「ええっ!?」
グレイアムは言葉を失った。まさか、天界の図書館から消えた
「正確に言えば、魔界の第七地獄。怠惰の魔王ベルンハルトが支配する土地だな」
図書館長は鼻に皺を寄せながら、その名を言う。口に出すだけで汚らわしいとでも言いたげな表情だった。
「それにしても、どうして魔界なんかに?」
「上の話では、例の
「ちょっ!?それってつまり……未だ大昔の戦争中の頭でいる
ギョッとするグレイアムに、苦々しい表情で図書館長は頷いた。
「それって外交問題にならないんですか?」
「なるに決まっているだろう」
「ですよねー」
予想以上に大事になってしまったと、グレイアムは顔を引きつらせた。
「このこと、早く魔界に連絡した方が良いのでは?これ以上、問題が大きくならないうちに」
「そうしたいのは山々だが、外交官の腰が重い」
「え…?なんで?」
「図らずしも、今回は
「いやいや、そんなこと言っている場合じゃないでしょう!?」
「グレイアム、君の言う通りだ。だが、わしは外交官たちの気持ちも分かる」
「ええ……?」
「これは人間から
「……」
天界の
げっ…とグレイアムはその場から一歩下がる。
「そこで君たちに頼みたいのが、今回の
「無理無理無理、無理ですよ!僕はただの
「頼む!この通りだっ!!」
この問題は本来、もっと高位の
それでも、問題をいつまでも放置しておくわけにはいかない。上は責任の所在を押し付け合い、回りまわって、問題の
上から無茶ぶりされた図書館長は、交渉相手として元人間の司書に目をつける。元人間なら、魔族に対する嫌悪感が薄いだろうという算段だった。
確かに、図書館長の目論見通り、グレイアムには魔族への嫌悪感はあまりなかった。だが、恐怖はある。聞くところによれば、魔族と言うのは野蛮で獰猛。人間など、頭から食べてしまうというではないか。そんな輩の相手が、自分に務まるとはグレイアムは思わなかった。
グレイアムと図書館長が押し問答を繰り広げていると、「あの…」と声を掛ける者がいた。
二人は同時に振り返った先――そこにはウィルフレッドが佇んでいる。今まで、ずっと黙っていた彼は口を開いた。
「その交渉役。もしよろしければ、私に任せてください」
彼は爽やかな笑顔でそう言った。
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