第22話 大戦の遺物

天界『中層』中央図書館


 中央図書館地下の大倉庫から忽然と姿を消したのは、天魔戦争時代の対人用兵器だった。

 衝撃的な話を倉庫番の男から聞かされた図書館司書のウィルフレッドとグレイアムは戸惑った顔をする。


「いったい、どうしてそんな物騒な代物が図書館の倉庫に収められていたの?」


 そうグレイアムが問うと、「壊れていたんですよ!」という返答が倉庫番から返ってきた。

 彼曰く、遥か昔に兵器として製造された自動人形ゴーレムはろくな整備もされなかったため、あちこちが劣化していて、全く起動しなかった。そのため、大戦の遺物として図書館で展示されることもあったとか。


「本当に壊れていたの?」

「それは絶対です!倉庫に保管されていた自動人形ゴーレムは13体。うち、1体が行方不明ですが、他の12体はやはり壊れていて、全く起動しませんでしたから」

「となると、壊れた自動人形ゴーレムが独りでに動くはずもない。誰かが持ち出してしまったのかなぁ?」

「いったい、どうしてこんなことに…。ああ、どうしよう……」


 倉庫番の男は今にも泣きだしそうになっていたが、その肩にウィルフレッドが優しく手を置く。


「とりあえず、上に知らせましょう」

「で、でも…僕の責任問題に……」

「不安なのは分かります。しかし、事態を隠蔽して、それが後で発覚してしまったら、それこそ大問題になりかねません」

「……」

「上司への報告には私も付き添いますから…ね?さぁ、勇気をもって」

「……はい」


 ウィルフレッドに説得され、倉庫番の男はおずおずと頷いた。そのまま、彼ら三人は事の経緯を上役に報告しに行った。事情を聞かされた上司は狼狽し、「どういうことだっ!」と倉庫番を怒鳴りつけたが、ウィルフレッドが二人の間に割って入る。


「まずは図書館のセキュリティログを確認しましょう。未だ自動人形ゴーレムが自ら動いたのか、誰かに盗まれたのかも、はっきりとしていません。後者の場合、ログを辿れば犯人を特定できる可能性もあります」


 淡々とするべき対処について口にするウィルフレッドを見て、沸騰していた上司の頭も冷静になっていく。中央図書館の施設内には、防犯のため小型撮影装置がいたるところに設置されているが、ひとまずその記録を調べようという話になった。


 中央図書館の職員らは総動員で、膨大なセキュリティログデータを調べたが、消えてしまった自動人形ゴーレムについて何も分からなかった。

 映像記録上、その一体は地下の大倉庫内に鎮座していたのだが、ある時を境に忽然と消失していた。その他に問題の自動人形ゴーレムを捉えた記録はなく、独りでに動いたのか、誰かに盗まれたのかも結局分からずじまいだった。


 もはやお手上げ状態になった中央図書館の上役たちは、この事態をさらに上へ――立法府へ報告した。

 それから数日後――ウィルフレッドとグレイアムはる図書館長室に呼び出された。




「例の自動人形ゴーレムだが、少し困ったことになった」


 二人が部屋に入るなり、中央図書館のトップである第二階級神使の館長は重々しい口調で言った。


「まず、あの自動人形ゴーレムだが……、とりあえずは天界の民に危害を加える可能性はない。それだけは分かっている」

「それは…その、良かったですね?」


 グレイアムが言う。

 壊れてしまっているとは言え、自動人形ゴーレムは元対人戦用の特殊兵器だ。まかり間違って、天界の住民に危害を加えてしまったら……というのは、一番の懸念事項だった。

 しかし、その心配が晴れたと言うのに、図書館長の表情は暗い。


「そう最悪の事態は免れたのだが……君。あの自動人形ゴーレムが今、どこにいると思う?」

「えっ?そんなことが分かるんですか?」

「ああ。どうやらあの自動人形ゴーレムは起動すると、特別な信号シグナルを発信するようでね。それが受信された」

「ってことは、自動人形ゴーレムは起動しているということ?えっ!壊れていたんじゃ…」

「そのはずだったんだがな。どういうわけか知らんが、現在も自動人形ゴーレムは稼働しているようだ。そして、その信号が示す先――それは魔界だ」

「ええっ!?」


 グレイアムは言葉を失った。まさか、天界の図書館から消えた自動人形ゴーレムが魔界にいるとは誰も想像できまい。


「正確に言えば、魔界の第七地獄。怠惰の魔王ベルンハルトが支配する土地だな」


 図書館長は鼻に皺を寄せながら、その名を言う。口に出すだけで汚らわしいとでも言いたげな表情だった。


「それにしても、どうして魔界なんかに?」

「上の話では、例の自動人形ゴーレムは天魔戦争に投入された特殊兵器……いや、実際には実戦投入される直前で戦争が終結したらしいが……とにかく、対魔族用兵器だったらしい。それがどういうわけか、突如起動した。そして、暴走したあの自動人形ゴーレムの目的は、もしかしたら魔族かもしれん……とのことだ」

「ちょっ!?それってつまり……未だ大昔の戦争中の頭でいる自動人形ゴーレムが、今の魔界の住人を殺害しようとしているってことですか?」


 ギョッとするグレイアムに、苦々しい表情で図書館長は頷いた。


「それって外交問題にならないんですか?」

「なるに決まっているだろう」

「ですよねー」


 予想以上に大事になってしまったと、グレイアムは顔を引きつらせた。


「このこと、早く魔界に連絡した方が良いのでは?これ以上、問題が大きくならないうちに」

「そうしたいのは山々だが、外交官の腰が重い」

「え…?なんで?」

「図らずしも、今回は天界こちらの失態で魔界あちらに迷惑をかけているということになる。つまり、謝るべき立場は天界の方。誇り高き神使しんしがどうして堕落した魔族なんぞに頭を下げなければならんのか……ということで揉めていて」

「いやいや、そんなこと言っている場合じゃないでしょう!?」

「グレイアム、君の言う通りだ。だが、わしは外交官たちの気持ちも分かる」

「ええ……?」

「これは人間から神使しんしになった君には分からない。生まれながらに神使しんしである者たちにしか理解できない感情かもしれないが、魔族に頭を下げるなど……我々には耐え難いことなんだ」

「……」


 天界の神使しんしが魔族を見下し、嫌悪していることは知っていたが、これ程とは……グレイアムは閉口した。同時に、図書館長がグレイアムとウィルフレッドというの二人を呼び出したのか、その理由について思い当たった。

 げっ…とグレイアムはその場から一歩下がる。


「そこで君たちに頼みたいのが、今回の自動人形ゴーレムの事件。魔界との交渉を君らに引き受けてもらいたいんだ」

「無理無理無理、無理ですよ!僕はただの第三階級神使したっぱにすぎません!そんな責任重大な役目、引き受けるなんてとても……」

「頼む!この通りだっ!!」


 この問題は本来、もっと高位の神使しんしか外交官が処理するべきこと。しかし、魔族に謝罪なんて真っ平ごめんだと、ほとんどの神使しんしが強い拒絶反応を示した。もはや、これは遺伝子レベルに刻み込まれた嫌悪感であった。


 それでも、問題をいつまでも放置しておくわけにはいかない。上は責任の所在を押し付け合い、回りまわって、問題の自動人形ゴーレムを管理していた中央図書館に対処を丸投げしてきたのである。滅茶苦茶な話であった。

 上から無茶ぶりされた図書館長は、交渉相手として元人間の司書に目をつける。元人間なら、魔族に対する嫌悪感が薄いだろうという算段だった。


 確かに、図書館長の目論見通り、グレイアムには魔族への嫌悪感はあまりなかった。だが、恐怖はある。聞くところによれば、魔族と言うのは野蛮で獰猛。人間など、頭から食べてしまうというではないか。そんな輩の相手が、自分に務まるとはグレイアムは思わなかった。


 グレイアムと図書館長が押し問答を繰り広げていると、「あの…」と声を掛ける者がいた。

 二人は同時に振り返った先――そこにはウィルフレッドが佇んでいる。今まで、ずっと黙っていた彼は口を開いた。


「その交渉役。もしよろしければ、私に任せてください」


 彼は爽やかな笑顔でそう言った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る