第21話 第三の殺人(Ⅱ)
迷った末、ベルンハルトのアドバイス通りにグレースは魔王秘書官室の者たちの調査も行った。
秘書官たちが秘密裏に外部の人間とコンタクトをとっていないか、妙な武器を所持していないか――確かめる。また、洗脳の可能性も考えて、精神汚染の臨時的検査も行った。
結果、これといって怪しい者は見つからず、グレースはホッと胸を撫でおろした。
その他の魔王城の関係者については、現在も調査中である。
また、グレースは部下にシュタインマイヤー公爵の動向を見張らせることにした。使用人フーゴの死体を見た時の公爵の怯え方が引っかかっていたからだ。
シュタインマイヤー公爵の監視に名乗りを上げたのはラルフだった。
「隊長、ぜひ俺に!どうか、汚名返上の機会を下さい!」
ラルフは目の前で見す見すヘンネフェルト伯爵を殺されてしまった失態について、今なお気にしていたのだ。グレースは彼の意を汲んで、任せることにした。
「ただし、くれぐれも無理をするな。相手は手練れの可能性もある」
「大丈夫です!今度は必ずっ!」
ラルフの気合は十分だった。
一方、グレースはあらためて事件を一から調べ直そうとしていた。最初の被害者、エレオノーラ・バルツァー伯爵領で亡くなった老人ヨルクについてである。
一見接点はないように見えるが、もしかしたら、彼は他の被害者たちと繋がりがあるのかもしれない。グレースはそれを聞くため、旋風ノ谷南方にあるエレオノーラの城を再び訪れた。
「ヨルクと保守派貴族との繋がりですか?今のところ、そういった報告は受けていません。彼は庶民で、質素に暮らしていたそうですし……」
申し訳なさそうに、エレオノーラは言う。以前、グレースとの対談以降も、彼女は引き続きヨルクの件について調査をしてくれたらしいが、
「そうですか……では、一つお願いがあるのですが」
「なんでしょうか?」
「被害者のヨルクの家を見ることはできますか?」
城下街のはずれに、ヨルクの住居はあった。郊外でよく見るような、こじんまりとした一軒家だ。
家の前には、エレオノーラが気を利かして派遣した兵士が一人佇んでいた。おかげで、ヨルクの住まいは荒らされず、保存されていた。
「ヨルクはこのドアの前で殺されていました。家に入るところを襲われたのでしょう」
エレオノーラの説明を聞きながら、グレースはヨルクの家に入った。室内は外観と同様、物が少なく質素な雰囲気だった。家具のチェストや机の引き出しが開けっ放しになっているのは、家宅捜索の跡だろう。
「ヨルクは何か仕事をしていたのですか?」
「いいえ。近隣住民の話では無職でつづまやかに独り暮らしていたそうです」
「なるほど」
グレースは改めて室内を見回した。エレオノーラの話の通り、ヨルクは素朴な暮らしをしていたのだろう。その様子が見て取れた。
「あ、でも…」
エレオノーラが何か言いかけ、迷った素振りを見せる。それに「何か?」とグレースは目で尋ねた。
「その…事件に関係があるかどうか分からないのですが、この部屋で一つ不似合いな物があったんです」
「それは何ですか?」
すると、エレオノーラは近くの机の上にあった木箱を手に取った。その蓋を開けると、ずらりと葉巻が並んでいる。それらは見るからに高級品で、質素に暮らす孤独な老人には似つかわしくないものだった。
確かに、とグレースは頷く。それから彼女自身も、室内を調べることにした。すでに家宅捜査された後だというが、何か見落としがあるかもしれない。
そうやって今一度、部屋の中の物を一つ一つ改めていったとき、チェストの引き出しの奥に何かが落ちているのにグレースは気付いた。彼女はそれに手を伸ばす。
落ちていたのは、小さな麻袋だった。袋の紐を解いて中身を取り出してみると、カラフルに着色された小指ほどの細長い物が幾らか入っていた。
「それは何でしょうか?」
不思議そうに、エレオノーラはグレースの手元を覗き込む。
「比較的小型の魔物の骨や牙でしょうね」
「え…?」
エレオノーラは怪訝そうな表情をした。どうしてそんな物をヨルクが所持していたのか、分からないようである。
「賭博場でチップとして使われる物です」
「賭博場ですか?」
おそらく、エレオノーラのイメージする賭博場は、貴族など特権階級のサロンのことだろう。そういう場で、賭けに使われるのは
「つまり、この麻袋の意味するところは、ヨルクが賭博場に足を運んでいたということですね」
「ええっ…でも……」
「はい。普段質素に暮らしている老人には不似合いです。おまけに彼は無職だ。そんなお金、どこから手に入れたのでしょうか?」
高級葉巻といい、賭博で使うチップといい、どうにもこのヨルクという老人には裏がありそうである。それがもしかしたら、保守派の貴族に関連しているのではないか。グレースはそう推測した。
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