第20話 第三の殺人(Ⅰ)

 グレースやベルンハルトたちが事件現場である「娯楽の間」にやって来ると、そこには人だかりができていた。


「ちょっと通してくれる~?」


 ベルンハルトの一声に、野次馬たちはサッと道を開ける。そのまま前へ進むと、初老の男性が床に倒れていた。

 その顔に、グレースは見覚えがあった。保守派最大派閥の重要人物、シュタインマイヤー公爵の下で働く使用人である。クラークによれば、フーゴという名前らしい。

 フーゴは背中に大きな斬撃を負っていた。他に傷らしい傷がないので、おそらくこれが致命傷だろう。


 死体を調べなければ――衛兵たちに断りを入れて、グレースはフーゴに近寄り、死体の検分を始めた。……と、不意に周囲が騒がしくなる。

 振り返ると、身なりは良いがでっぷりと肥えた男性が皆の注目を集めていた。彼こそがフーゴの主であるシュタインマイヤー公爵だ。


 公爵は野次馬たちを押しのけて最前列まで来ると、死体を見下ろす。それが確かに自分の使用人であることを認めて、彼は「ひぃ」と声を上げた。

 シュタインマイヤー公爵の顔色は悪く、その巨体はガタガタ震えていた。彼はきびすを返すと、フラフラと事件現場を去って行く。グレースたちには見向きもしなかった。


 公爵の反応を見て、「おや?」とグレースは疑問に思う。己の使用人が殺されて、動揺するのは分かるが、怯えすぎではないだろうか。

 違和感を覚えながらも、グレースはフーゴの遺体の傷痕に残る魔力残滓まりょくざんしを調べた。すぐに、思わず舌打ちしたい気持ちになる。見覚えのある斬撃の痕だったから、まさかとは思ったが、コレは……。


 押し黙るグレースの横から、ベルンハルトがぬっと首を出した。彼はグレースにだけ聞こえる小さな声で、ぼそりと言う。


「ふぅん、聖魔法の残滓。三人目の被害者だね」


 その言葉には事態を面白がるような響きがあった。




 エレオノーラ・バルツァー伯爵領の老人ヨルク、ヘンネフェルト伯爵、そして今回のシュタインマイヤー公爵付きの使用人フーゴ。

 いずれも、魔界にはないはずの聖魔法をまとった凶器で殺されている。これで被害者は三人になったが、犯人の動機や目的は未だに不明。


 被害者三人のうち、二人は保守派貴族陣営の魔族だが、それがどう関係するかも分からない。

 あと、三人に共通点があるとすれば、彼らが皆魔族の第一世代ということだった。元は天界に住んでいた神使しんしだったが、天魔戦争を契機に堕天した者たちである。


 やはり、三人には私の知らない繋がりがあるのだろうか――グレースは秘書官室で一人考える。また、フーゴの死体を見たときのシュタインマイヤー公爵の様子も気にかかった。まるで、次は自分が殺されるのではないかという怯えようだったからだ。


 そうやってグレースが思案にふけっていると、突然ずしりと肩と頭に重みを感じた。いったい何が起こったのか――それは確認しなくとも、彼女には手に取るように分かる。

 完全に気配を消してきた相手と、それに気付かなかった己の未熟さに、グレースは腹立たしくなった。それで、その不機嫌を全く隠さずに彼女は言う。


「何かご用でしょうか?陛下」


 いつの間にか、ベルンハルトがグレースの頭に自身の顎を乗せ、彼女に抱き着いていた。

「気にしなくていいよ~」と彼は軽い調子でのたまうが、気にならないはずがない。

 煩わしそうに、グレースはベルンハルトを振り払おうとするものの、彼はびくともしなかった。さらに、グレースの気分は下降した。


「邪魔しないでください。今、考え事をしているんですから」

「邪魔してないよ。くっついているだけ」

「それが邪魔だと言っているんです。考え事に集中できません」

「あっ!もしかして、ドキドキして集中できない?」

「イライラして集中できません」


 ニコニコ笑顔のベルンハルトだったが、本気で苛立っている様子のグレースに、少ししょんぼりと肩を落とす。しかし、彼女に抱き着く手は離さなかった。どうやら此処から退く気はないようだ。

 梃子てこでも動かないベルンハルトの様子を察して、グレースは溜息を吐く。


「私、あまり頭は良くないんですよ。集中させてください」


 その声には諦めが含んでいた。


「頭が良くない?俺はそうは思わないけれど」

「良くありませんよ」


 頭で考えるよりも、身体を動かす方が性に合っているグレースだ。生前も、ウィルフレッドのように先の先を読むことはできなかった。


「じゃあ、俺が考え事の手伝いをしてあげるよ」


 無邪気に言うベルンハルトに、「いや、だから邪魔なんですってば」とグレースは抗議するが、それは黙殺された。


「城内で殺人が起こったということは、犯人は城の関係者か、もしくは、手引きした者がいるっていうことだよね。その辺りは調べてる?」

「もちろんです」


 ベルンハルトに言われるまでもなく、すでにグレースは魔王城の住人や出入りしている貴族、商人等々調査を命じていた。ただ、この城は巨大で、そこに出入りする者は千人を超えるから、調査は大変だろう。


 城への手引きと言えば、思い出すのは以前の秘書官室襲撃事件だ。あの刺客を城に入れた者として、一人のメイドが浮上した。彼女は保守派の息がかかっていると思われたが、グレースらが取り調べする前に、城内で首を吊っていたのである。


 今回も誰かが外部の犯人を手引きしたのだろうか……グレースがそう考えていると、「本当に?」と頭上から声がした。そこにいるは、当然ベルンハルトだ。


「え?」

「本当に城内の者たちをチェックしてる?」

「ええ」

「秘書官室の者たちも?」

「……私の部下を疑っているのですか?」


 ベルンハルトの真意が分からなくて、グレースは戸惑いの色を見せる。それに、ベルンハルトは笑顔で返した。


「あくまで可能性の話さ。身内を疑いたくないのは分かるけれども、思い込みは危険っていう話」

「……はい」


 珍しく、ベルンハルトは真っ当なことを言っている。彼の言葉に、グレースは不承不承頷くのだった。

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