第18話 再び、孤児院

 王都で所用を終えたグレースは、ふと思いついて貧民街の孤児院まで足を延ばした。以前の孤児院訪問から一月近く経っていて、近況を軽く確認しようと思ったのだ。

 なお、今回はグレース一人で、ケヴィンを伴ってはいない。彼は今、魔王城で仕事の最中だろう。


 相変わらず、汚く猥雑――だが妙な活気に満ちた通りを抜けると、グレースは孤児院に辿り着いた。その庭では、子供たちが楽しそうに遊んでいる……と、


「ん?」


 グレースは怪訝そうに眉をひそめた。というのも、子供たちに混じって見覚えのある四人組の男たちがそこに居たからだ。

 顎髭、長髪、スキンヘッドに巨漢――つい先日、この孤児院に恐喝をして、グレースに撃退されたチンピラたちであった。

 また、孤児院に嫌がらせでもしているのかと、グレースが様子を見ていたところ、子供らやチンピラたちも彼女に気付いたようだ。


「あっ!強いお姉ちゃんだ!」

「本当だ!魔王城のお姉ちゃんだ」

「えっ……あ!あねさんっ!」


 子供らに混じって、声を上げる顎髭の男には悪びれるところはなかった。疑問に思って、グレースは尋ねる。


「君らはこんな所で何をしているんだ?見逃すのは一度きりと言ったはずだ。まさか、また園長先生を恐喝しようとしているわけではあるまいな?」

「そ、そんなっ!さすがに俺らも、そこまで命知らずじゃありませんって!」


 顎髭の男は慌てた様子でブンブンと首を横に振る。


「今日、ココに居るのは詫びのためですよ。で、前ンことの罪滅ぼしに肉体労働をしてるンです。慈善活動ボランティアってやつですよ」

「……本当か?」


 グレースは顎髭の男にではなく、近くにいた子供たちに訊いた。


「うん、本当だよ。今日は壊れた屋根を直してもらっていたの」


 おさげの少女がハキハキとした口調で答える。どうやら、チンピラの発言に嘘はないようだった。

 それを聞いて、先日の一件で改心したのか……なんてことは、グレースも思わなかった。人間も魔族もそう変われないものだ。


 流れ者だったチンピラたちは、この街のルールをよく知らなかったようだ。大方、最近になって、魔王の秘書長官の反感を買うことがどれほどマズいことなのかを知ったのだろう。

 それで少しでもグレースの心証を良くするため、孤児院で慈善活動をしているというわけだ。もしかしたら、園長にグレースへのとりなしを頼んでいるのかもしれない――と、グレースは推測した。


 まぁ、その下心はともかく、孤児院に迷惑をかけていないのなら良いか。そう思って、グレースは「良い心がけだな」と言った。


「そうなんですよ、姐さん。俺ら心を入れ替え――」

「ちょっと、待て」

「え?」

「その姐さんというのは、誰のことだ?」


 そう言えば、先ほどもそんなことを口にしていた気がする。グレースが尋ねると、チンピラたちは表情を明るくした。


「もちろん、姐さんのことです。姐さん!」

「……」


 グレースの眉間に皺が寄ったが、チンピラたちはそれに気付かない。長髪の男が媚びるように笑いながら、ポケットから葉巻を一本取り出し、グレースに差し出した。


「お仕事、お疲れ様です。どうです?一本」

「要らん。煙草はやらない」


 煙草は肺を悪くする。いざというとき、息切れで動けないのは困ると、グレースは煙草を吸わなかった。

 すると、グレースに断れた長髪の男は仲間たちに尋ねる。


「なぁ、ヤクあったか?」


 どうやら、煙草の次は麻薬の類を貢ごうとしているようだ。はぁ、とグレースは溜息を吐いた。


「それも要らん」

「えっと、じゃあ酒…」

「要らん。酒も滅多に飲まない」


 グレースが飲酒するとすれば、付き合いで飲む程度だ。わざわざ思考力を鈍らせるような真似をしたいとは、彼女は思わなかった。


「酒も煙草も薬もやらない……。姐さん、何を楽しみに生きているんですか?」


 心底不思議そうな表情で、長髪の男がグレースを見る。それに、「放って置け」とグレースは答えた。

 実際、グレースには趣味らしい趣味もなく、娯楽に興じる時間があれば仕事か鍛錬をするような人間だった。このことを伝えれば、チンピラたちはまるで珍獣でも見るような目でグレースを見ただろう。

 そのとき、「あっ」と巨漢の男が何かを思いついたように手を打った。


「わかった、アッチの方が激しいとか。毎晩、違う男を食って――」

「お、おいっ!よせっ!!」


 グレースのゴミをみるような眼差しに気付いて、スキンヘッドの男が巨漢を止めに入る。

 やれやれ。こいつ等と話していると頭が痛くなりそうだと、もう一つ溜息を吐いたグレースは、ふとあることに気付いた。


「その葉巻…」

「あ、やっぱり要ります?」

「いや、要らん。そうじゃなくて、ずいぶんと高級そうな代物だが…?」


 葉巻のことには詳しくないグレースだったが、長髪の男の手にあるソレは見るからに高そうだった。例えば、貴族が好むような高級品、とても貧民街でお目にかかれるような代物ではない。


「まさか、どこかで盗ってきたんじゃないだろうな?」

「ちっ、違いますよ」


 疑いの目を向けるグレースに、長髪の男はすぐさま否定する。


「ここの園長先生に貰ったんですよ!屋根を修理したら、お礼だって」

「園長が?」

「なんでも、寄付品の中にあったそうで」

「ふぅん」


 いくら高級でも葉巻なんて、孤児院への寄付品としてはおよそ相応しくはないように思える。妙なものを贈る輩がいるのだなと、グレースは呆れ顔をした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る