第16話 孤児院訪問(Ⅱ)
ケヴィンが子供たちと遊んでいると、突然四人の男たちが孤児院の庭に乱入してきた。
顎髭、長髪、スキンヘッドに巨漢――四人はいずれも腕や顔に刺青をしていて人相が悪い。いかにもチンピラ然とした男たちだった。彼らを見て、今まで元気にはしゃいでいた子供たちが怯えたように表情を曇らせた。
「おい、ジジイは居るか?」
長髪の男が一歩前に出ると、そう尋ねてくる。
ジジイというのは園長先生のことだろうか。困惑しながら、ケヴィンは答える。
「園長先生なら中にいますが…」
「なら、呼びに行ってくれよ」
「えっと……失礼ですが、どちらさまでしょうか?」
「ドチラサマデショウカ――だってよ!」
何がおかしいのか、男たちはギャハハと笑い合う。
「ダチだよ、ダチ。実は、ここのジジイに金を借りる約束しててさ――」
「ウソよっ!」
長髪の男の話を遮って、声を上げたのは一人の少女だった。そのおさげの少女は怯えながらも、勝ち気そうな目で男を睨み上げる。
「園長先生のお友達なんてウソ!こいつら、うちからお金を盗って行くの!もう、やめて!うちからお金、盗らないでよっ!」
「――ンだと、チビ」
少女の言葉に男は顔を歪め、その腕を振り上げた。
殴られる――そう思ったケヴィンの身体は、自然に男からおさげの少女を守るように動いていた。自分自身の行動に、ケヴィンは目を丸くする。気が弱く、喧嘩事はからきしの自分が誰かを庇うなんて、思ってもみなかったからだ。
そして、ケヴィンの驚きの行動はそれだけではなかった。
長髪の男は見るからに喧嘩慣れしていそうだった。彼はニヤつきながら、ターゲットを少女から前に出てきたケヴィンに変える。拳がケヴィン目掛けて飛んできた。
以前のケヴィンなら、恐ろしくて棒立ちするしかできなかっただろう。しかしこのとき、ケヴィンを恐怖を感じていなかった。冷静に相手の拳の軌道を見極め、それを避ける。
見るからに弱そうなケヴィンに回避されると思っていなかったのか、長髪の男は「へ?」と間抜けな声を出す。その顎にケヴィンは己の拳を叩きつけた。
油断していたところに顎へまともに一撃をくらい、長髪の男は脳震盪を起こす。そのまま、バタリと倒れてしまった。
ケヴィンはポカンと口を開け、信じられないと言うように自分の拳を見た。
「ケヴィン兄ちゃん、すげーっ!」
「いつの間にそんなに強くなったの?」
呆然としているケヴィンの傍らで、わっと子供たちが声を上げる。
「えっ、いや。えっと…?」
まさか、ボクがチンピラを倒してしまうなんて……ケヴィン自身も状況を上手く把握できず、戸惑っていた。
そんなケヴィンや子供たちを、顎髭の男が睨みつける。
「おい、テメェ。何様だ?俺らとやり合おうってのか?あ?」
「……っ」
突然、ケヴィンの身体に変化が起こった。つい先ほどまで何ともなかったはずなのに、急に恐怖がわいてきたのだ。気付けば、彼はガタガタと震えていた。
「あ?なんだ……って、コイツ震えてやがる」
「マジかよ、ダッセ」
「腰抜けが」
言いたい放題のチンピラだが、ケヴィンは言い返す余裕もなかった。そう、これがいつものケヴィンである。
さっきまでの自分がどうかしていたのだ。誰かに――そう、秘書長官様に助けを求めなきゃ……っ!
ケヴィンが口を開いた瞬間――
ゴッ!!
鈍い音と共に、目の前の男が吹き飛んだ。
放物線を綺麗に描きながら飛んでいったスキンヘッドの男は、近くのごみ溜めに顔から着地を果たす。
何が起きたのか、ケヴィンにも残りのチンピラ二名にも分からず、その場にいた者たちは皆固まっていた。
「え?え?何が……へぎょっ!?」
巨漢の男の頭上に、足が見えた。同時に、勢いよく踵かかとが振り落とされ、男の頭に直撃。その勢いで男は前のめりに倒れ、地面にその顔を激突させた。そのまま、ぴくりとも動かなくなる。
ケヴィンはあわあわとしながら、たった今巨漢の男に強烈な踵落しをキメた人物――グレースを見た。
「ひ、秘書長官…様」
「ケヴィン、怪我はないか?子供たちも」
「あ、はい」
頷きつつ、ケヴィンは考える。目では追えなかったが、おそらくスキンヘッドの男が吹っ飛んでいったのも、グレースの仕業だろうと。
一方、仲間三人が誰もかれも動けない状態になり、残った顎髭の男は顔を真っ青にしていた。
「おまっ…えっ、なに?なんなんだよぉっ!?」
恐怖と混乱で言葉を詰まらせながらも、顎髭の男は懐からナイフを取り出す。それでグレースを斬りつけようとした。ケヴィンが「あっ」と声を上げる――が。
ひゅるひゅるひゅる~ナイフの刃先が何処かに飛んでいった。
そして顎髭の男はというと、漆黒の大剣をグレースに突き付けられている。
いったい、どこからその巨大な剣が現れたのか、ケヴィンには分からない。ただ状況的に、グレースが大剣でナイフの先を斬り飛ばしたのだろうと察せられた。
グレースは顎髭の男に冷ややかに言う。
「ここはベルンハルト陛下がご支援する孤児院。それを知っての狼藉か?」
「ひっ!ちが…ちがっ……」
顎髭の男は必死に否定の言葉を口にしようとするが、ガタガタ歯が鳴ってしまうせいで、言葉にならないようだった。
「いいか。一度。一度きりだ。貴様らを見逃すのは」
コクコクと涙目で顎髭の男は首を縦に振る。それから、そろりそろりとグレースから距離を取り、逃げ出そうとした。その背中に、グレースは声を掛ける。
「おい」
「ひっ!?」
ビクリと顎髭の男は身体を震わせ、恐る恐る振り返った。
「忘れ物だ」
その言葉に顎髭の男はハッとし、気絶している仲間たちを助け起こそうとした。気絶している仲間たちを回収しろ――顎髭の男はそう解釈したのである。しかし、グレースは首を横に振った。
「それじゃない」
「へ?」
キョトン――顎髭の男は呆けた顔をする。
「この孤児院から金銭を巻き上げていたのだろう。それを返せ」
「……えっ!いや、今は持ち合わせが……」
「返せ」
「はっ、はひっ!!」
結局、チンピラたちは有り金を全て置いていった。足りない分は、自身の服や装飾品を置いて、代わりにした。
ほとんど裸同然となった彼らを見送って、孤児院はやっと平穏を取り戻したのだった。
「本当にありがとうございました」
深々と、パトリック園長がグレースに頭を下げる。グレースのおかげで、悩みの種だったチンピラたちの嫌がらせを解決でき、パトリックとしては感謝にたえない様子だった。
「お姉ちゃん、つよっ!」
「かっこいー」
「すごい!!」
子供たちは尊敬の眼差しでグレースを見上げた。そんな中で、おさげの女の子がケヴィンに言う。
「ケヴィンお兄ちゃんもかっこよかったよ。ありがとう」
お礼を言われて、ケヴィンは照れくさそうに頬を掻いた。
「でも、お兄ちゃん。いつの間にあんなに強くなったの?昔は、ケンカなんて絶対に無理だったのに」
「うん、自分でも不思議なんだけれど。なんか、身体が勝手に動いちゃって」
どうして、あんな風に動けたのか。思い当たることと言えば……そうだ。今の職場が職場だから、知らず知らずのうちに度胸がついていたのかも――とケヴィンは考えた。
なにせ、敵が突然襲撃してくるような職場なのである。しかも、あっちはチンピラたちのような脅し目的ではなく、
クラークは「襲撃なんてわりとよくあること」とのたまっていたが、もしかしたらケヴィン自身もそういう環境に慣れてしまったのかもしれない。こんな異常な状況に慣れるなんて、良いのやら悪いのやら。
「ああ、中々良い一撃だった」
すると、グレースもケヴィンのことを褒めてきた。どうやら、彼女はケヴィンが長髪男をノックアウトする様子を見ていたらしい。
「君は文官として雇ったが、案外戦闘センスがあるのかもしれないな」
「まぐれですよ。火事場の馬鹿力ってやつです」
「そうか。ふむ、だがそれにしても…」
じぃっ……グレースはケヴィンのことを凝視する。なんだか嫌な予感がして、ケヴィンは後ずさりした。
「どうだろう。一度、私の訓練を受けてみないか?君には兵士の才能があるような気がする」
「訓練って…ラルフさんやミアさんみたいな?」
「そうだ」
ケヴィンは以前のラルフとミアの会話を思い出した。
【安心しな。スゲーお優しい職場だから、ちょっとトチっても腕の骨一本くらいで許してもらえるぜ】
【そうそう、それか
確か「新人を脅すな」というグレースの言葉には、こう返事していたはずだ。
【隊長、別に脅しじゃないですよ」
【そうですよぉ。センパイも私たちの腕とか肋骨とか、ポキポキボキボキ折ってるじゃないですかぁ】
つまり、骨を折られるのが当たり前の環境ということで……
「無理無理無理無理ムリですっ!」
ケヴィンは高速でブンブン首を横に振った。
「ボクには戦うなんて絶対無理です!今回のはホント、まぐれですからっ!!」
必死の形相でケヴィンは、グレースの提案を断る。
それに、「そうか」と彼女は残念そうな顔をしていた。
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