第14話 天界の司書(Ⅱ)

 ウィルフレッドとグレースは子供の頃からの付き合いのようだ。貧しい農民の娘だったグレースは、その才能をウィルフレッドに見いだされ、彼に仕えるようになったとか。

 ウィルフレッドの目は確かで、実際にグレースの戦闘能力は人間離れしていたらしい。その力で、何度も主であるウィルフレッドを守った。


 だが、その一方でグレースはウィルフレッドの父親や異母兄弟らを秘密裏に手にかけていたのだ。


 死後の審判の記録によると、犯行の動機は――ウィルフレッドをグローディア国王に据えるため。それには、父王やウィルフレッドよりも王位継承権高位の者たちが邪魔だったのだ。


 裁判官はグレースにこう問いただしたそうだ。ウィルフレッドの肉親を殺害したのは、主である彼を想ってのことか、と。それにグレースは嘲笑で答えた。


【まさか。いずれは、あの男も殺して、私が王座につくつもりだった】


 一先ず、ウィルフレッドを国王にし、その腹心として己が力を蓄えた後は主君すらも殺す気だった――とのたまうグレース。その発言を裏付けるように、事実彼女はウィルフレッドに謀反を起こしている。


 きっかけは、ウィルフレッドに仕えていたアッカー侯爵がグレースの悪事――前国王や王子らの殺害の件――を突き止め、告発しようとしたことだ。彼女はこれを阻止するため、侯爵とその側近らを殺した。こうして口封じを図ったのだが、グレースの悪事はすでにウィルフレッドに知らされた後だった。


 結果、追い詰められたグレースはウィルフレッドに反旗を翻した。


 しかし、悲しきかな――グレースの謀反はあえなく失敗に終わる。自身の部下にも見放された彼女は捕らえられ、処刑台送りに。こうして、彼女はこの世を去った。



 以上が、グレイアムが知るグレースの一生だった。

 なるほど、確かにすさまじい悪行だ。稀代の悪女と言われるのも納得できる――そうグレイアムは思いつつ、しかしどうにも腑に落ちないことがあった。


 グレイアムの調べた限りでは、ウィルフレッドはアッカー伯爵の告発まで、己の家族がグレースに殺されていたことを知らなかったことになっている。その点に、グレイアムは疑問を覚えるのだ。


 この聡い男が、腹心に家族を殺されて気付かないなんてことがあるだろうか、と。


 それでグレイアムがさらに調べてみると、ウィルフレッドの父親である前王はかなりの悪政をしいていたことが分かった。

 湯水のごとく税金を使い、贅沢の限りを尽くし、民が飢えや病に苦しんでいても何ら対策をせず……悪王の見本のような男――それがウィルフレッドの父だった。


 民衆の不満は溜まりに溜まり、各地で暴動が起き始めていた。このまま内乱にまで発展すれば、グローディア王国の危機的状況を狙って、隣国ゴドウィンが戦争を仕掛けてくる可能性もあったようだ。

 そんな折、父王と兄たちがグレースの凶刃によって亡くなったのである。そして、ウィルフレッドが国王に即位した。もし、ウィルフレッドが王にならなければ、グローディア王国は滅んでいたかもしれない。


 そういった背景に注目すると、グレースによる前王らの殺害は、何ともグローディア王国とウィルフレッドにとって都合が良い――いいや、良すぎる出来事だった。

 むしろ、ウィルフレッドがグレースに、家族の暗殺をと考えるのがのように、グレイアムには思えた。

 となると、グレースの謀反についても、見方が変わってくる。


 アッカー侯爵は、父兄殺しの罪で告発しようとしたのではないか。それをいち早く勘づいたグレースが侯爵らを始末した。そして、全ての罪を自らがかぶることで、ウィルフレッドに不都合な真実を闇に葬ったのだ。



 ――と、そこまで考えて、グレイアムは頭を振った。これはあくまで妄想だ、と己に言い聞かせる。証拠は何もないのだから、と。


 そもそも、本当にウィルフレッドがグレースに家族の暗殺を命じていたのなら、彼が今、この天界にいるわけがない。

 死後の審判で使われる聖なる秤――それは魂の罪の重さを測るもの。罪が重ければ重いほど沈み込むという聖秤せいしょうの判定は絶対的に正しく、どれだけ罪人が嘘を口にしようとも、決して誤魔化すことはできない。


 その聖秤がウィルフレッドを無罪だと証明しているのだ。

 つまり、真実は歴史通りということ。グレースが裏切り者の悪女だと言うことを示していた。




「さてはて。馬鹿な妄想をしてないで、僕も真面目に仕事をするかな」


 グレイアムがそう呟いたそのとき、


「大変だ!大変だ!!ああ、どうしよう……っ」


 誰かの大声が聞こえてきた。


「何でしょう?」

「さぁ?」


 ウィルフレッドとグレイアムは顔を見合わせる。


「とりあえず、様子を見に行きましょうか。緊急事態かもしれませんし」

「そうだね」


 二人が第三資料室から廊下に出ると、一人の青年を見つけた。彼は混乱しているのか、髪を掻きむしり、大声で独り言を言っている。


「誰?アレ」

「倉庫番の方ですよ」


 首を捻るグレイアムに、ウィルフレッドが教えてくれる。


 この中央図書館には、書物以外にも、美術品・骨董品の類が保管されていた。グレイアム自身は目にしたことはないが、地下の大倉庫には大変貴重な物も収められていて、天魔戦争時代の掘り出し物もあるとか、ないとか。

 それらを管理するのが、倉庫番の仕事だった。


 その倉庫番の顔色は青く、今にも泣きそうだった。


「あの、どうかされましたか?」


 ウィルフレッドは心配そうに尋ねると、倉庫番はハッとしてこちらを振り返った。そのまますがりつくように、ウィルフレッドの腕を掴む。


「ああ、ウィルフレッドさん!どうしよう!」

「いったい、何があったのですか?」

「消えたっ、消えたんだ!消え、消えっ…」

「落ち着いて下さい。一度、深呼吸をして」


 ウィルフレッドに言われた通り、大きく息を吸い込んで吐くと、倉庫番はほんの少し落ち着きを取り戻したようだった。そんな彼に、ウィルフレッドは「倉庫から何が消えたんですか?」と問いかける。

 倉庫番は答えた。


自動人形ゴーレムだよ!天魔戦争時代の対人戦用特殊自動人形が消えてしまったんだ!!」



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