第13話 天界の司書(Ⅰ)
天界『中層』中央図書館第三資料室
天界の中層にある中央図書館は、人間界の現代文明では建てるどころか、想像もできない程の超巨大建築物だ。
魔導書や三界の歴史書、人間の死後の審判における裁判記録等々――ありとあらゆる文献・書物が集まっている。何万いや何億の本が、高層ビルのような書架にずらりと並んでいた。
そんな図書館の一室――第三資料室で、一人の青年が机に向かい、紙の上にペンを走らせていた。辺りには彼以外の人の姿はなく、そのペンの音だけが響いている。
金髪碧眼のその青年は人間で言えば二十歳くらいで、人形のように整った顔をしていた。
彼の名はウィルフレッド1世――かつてグローディア王国を統治し、後の世まで名君と
実際、ウィルフレッドは名君に相応しい功績を残していた。
国民の不満が最大限に高まっていたところに即位したウィルフレッドは、グローディア王国を立て直すために次々と諸政策を打ち出した。
貴族へ課税することで庶民への負担を減らし、彼らの権利の保障する法律を作った。国内産業を発展させて経済回復を
ウィルフレッドのおかげで、グローディア王国の多くの民が救われた。その功績を評価され、彼は死後、神の
「ふぅ……こんなものかな」
ウィルフレッドは紙を持ち上げ、今しがた作成したばかりの魔法式を検分する。うん、理論上は上手くいくはずだと、計算式に間違いがないことを確認した。
できあがったばかりの魔法式をウィルフレッドは手元の機械に入力していく。たくさんの歯車とボタン、複雑な配管の――見るからにごちゃごちゃとした機械は、ウィルフレッドが「魔導端末」と呼ぶ代物で、これも彼の自作だった。
そのとき、カツカツとこちらに誰かが向かってくる足音がした。
「やぁ、ウィル。おはよう…ふぁぁ」
欠伸を噛み殺しながら出勤してきたのは、ウィルフレッドの同僚のグレイアムだ。
グレイアムは癖の強い栗毛が特徴的な四十路前に見える男で、ウィルフレッドと同じ元人間。彼もまた、生前の功績が認められ
「グレイアムさん、おはようございます…って、もうお昼ですよ」
「あれ?そうだっけ?」
ふわぁ――ともう一つ欠伸をするグレイアムに、ウィルフレッドは苦笑する。
「君は相変わらず勤勉だねぇ。今は何をしていたの?」
「第三資料室管理の文献を簡単に検索できるよう魔法式を組みました」
「へ…へぇ?」
グレイアムに披露するため、実際にウィルフレッドはキーワードを魔導端末に打ち込んでみせる。すると、機械からスッと光が伸びて、ホログラム上にずらりと文字が並んだ。それはキーワードに関連した資料のタイトルで、保管場所まで記載されている。
グレイアムは、目をぱちくりさせて「すごいね」と言った。機械の仕掛けについてよく分からないが、ウィルフレッドのおかげで必要な資料を短時間で入手できる――それだけはグレイアムも理解できた。
本当に勤勉なことだ、とグレイアムは感心してウィルフレッドを見た。
今のような検索システムの構築は、司書の仕事ではない。それをウィルフレッドは空き時間を見つけて、自主的に行っているのである。
こんなに勤勉な司書は彼の他にいないだろう。ついつい、だらけがちな己とは雲泥の差だと、グレイアムは思った。
そうやって感心するあまり、グレイアムはウィルフレッドを知らず知らず凝視してしまったようだ。その視線に気付いて「何か?」と感じの良い微笑みで、ウィルフレッドは問いかけてくる。
「いや、えっと……ソレがあれば、君に本の場所を尋ねる利用者も減るかな、と思ってさ」
「そうだと良いのですけれど」
この中央図書館に勤める司書の中で、ウィルフレッドは勤続年数が最も短い。にもかかわらず、蔵書についての知識は、他を遥かに
賢く、親切で、勤勉、しかし偉ぶったところがなく、いつも謙虚。おまけに顔も良い。
そんなウィルフレッドは皆から慕われていた。それはグレイアムも驚くほどだ。
生まれながらの
まさに完璧人間。生前も多くの人に慕われていたのだろうと、ウィルフレッドを見てグレイアムは思う。
一方で、そんな彼でも部下の裏切りという苦い経験をしたことがあるらしい。ふとした噂でそれを耳にして、グレイアムは気になった。ウィルフレッドのような者を裏切るのは、どんな人物かと。それで、彼の過去について、興味本位で調べてみたのだ。
ウィルフレッドを裏切ったのは彼の信頼していた近衛隊長で、おまけに女性だというのだから驚きだ。
確か、名前は……そう、グレース。グレースだと、グレイアムは思い出した。
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