第12話 魔王会談

 城の一室、長机が置かれた部屋で第四と第七地獄の魔王による会談が行われていた。

 第四地獄側からは魔王ザシャと彼の部下エッカルト、第七地獄側からは魔王ベルンハルトと秘書長官グレース――四人だけの内々の話し合いだった。


 第四地獄と第七地獄は国境が接しているため、両国間で話し合いをするべき問題が幾つもあった。

 例えば、国境付近に広がる『災禍さいかノ大密林』。最近、その西側をはしる街道に凶悪な魔物が出没し、通行人を襲っている件。または、両国を股にかける犯罪組織や赫焔かくえんが農作物に与える影響――等々。


 それらについて、グレースが議長役で会議の進行をしつつ、魔王二人が各議題について話し合うのだが……。


「ああ、うんうん。それで良いと思うよ」

「えーっと。まぁ、概ねそんな感じで」

「あー、それなんだっけ?代わりにグレースが答えてよ」


 真面目に討論するザシャに対して、ベルンハルトは何ともおざなりな言葉しか口にしなかった。

 ザシャとエッカルトの手前我慢していたが、グレースは何度ベルンハルトを張り倒そうと思ったか分からない。その我慢も限界に達し、彼女がそろそろ本気で上司を殴ろうかと考え始めたとき、先にザシャが動いた。


「……てめぇ、いい加減にしろよ?」


 押し殺した声で睨みを利かせるザシャは、さすが憤怒の魔王という貫禄だ。これまで数多の修羅場をくぐり抜けてきたグレースさえも、肝を冷やす迫力だった。いつものらりくらりしているベルンハルトも「あっ、やば」と顔を引きつらせている。


「痛い目見なきゃ、真剣マジになれないのなら協力するが?」


 ザシャがベルンハルトに見せつけるように、己の拳を鳴らした。バキッゴキッと不吉な音が室内に響く。


「いやぁ、遠慮しておくよ。男に暴力ふるわれても、ちっとも楽しくない。グレースに蹴られるんなら良いけれどさぁ」

「……」


 たちまちザシャは呆れ顔になった。憐れなモノを見る目で真正面の男を見る。それから、グレースに視線をよこした。


「つくづく……アンタも大変だな」


 心の底からの同情の声でそう言われ、グレースは居たたまれなくなった。ザシャの部下のエッカルトも眉を下げてこちらを見てくるから、なおさらだ。


「転職するなら相談に乗るぞ」

「ご厚意、感謝いたします」


 グレースがザシャに頭を下げると、横からベルンハルトが割って入ってくる。


「ちょっと、それ。どういう意味だよ」


 そういう意味だよ――という言葉を飲み込んで、グレースはベルンハルトの足を踏んづけた。




 ザシャの脅しが効いたのか、ベルンハルトは舐め腐った態度を改め、それ以降の会議はつつがなく進行した。


 きちんと話し合いをしているベルンハルトを見て、やればできるじゃないか――とグレースは思う。

 そう、この男。決して無能ではないのだ。むしろ、能力だけ見れば非常に優秀な部類である。しかし、それを台無しにするくらい怠惰なのだった。


 能力がありながら怠けてまつりごとを行おうとしないベルンハルトは、為政者としては失格だ。本来は人の上に立つべきではない。

 だが、悲しきかな。この国に彼の代わりは居ないのだ。魔王という存在が、他の魔族に比べて力が傑出しているせいである。そして、その圧倒的な力が弱肉強食の魔界では支配者として必要不可欠なのだった。


 いっそ、ザシャが第四地獄となりと一緒に第七地獄うちも統治してくれれば。そうグレースは考えるが、何かしらの盟約があるのか、各魔王は他の領地に手を出そうとはしない。


 第七地獄を九十年前のような惨状に巻き戻さないためにも、ベルンハルトにはもう少しやる気になってもらわなければ……そう思いつつ、それはかなり難しそうだと、グレースはひっそり溜息を吐くのだった。




 無事、会談が終わると、ベルンハルトはザシャに声を掛けた。


「悪いけれど、ちょっと付き合ってくれない?」

「あぁ?」

「あっ、グレースとエッカルトは席を外してくれる?ザシャと大事な話があるんだ」


 グレースは少し不可解そうにベルンハルトを見たが、すぐに頷き会議室を出て行った。一方のエッカルトはというと、


「ザシャ様」

「――チッ。悪いが、エッカルト。席を外してくれ」

「…はい」


 主に促され、不服そうに退室する。部屋にはベルンハルトとザシャの二人きりになった。

 辺りに人の気配が消えてから、ザシャは尋ねた。


「それで改まって、何の用だ」

「ヨープとコルネリウスが死んだよ。殺されたんだ」

「……なに?」


 驚いたように、ザシャの目がわずかに見開かれる。


「ちなみに、ヨープは平民として生きていたみたい。コルネリウスは、ヘンネフェルト伯爵と名乗っていたよ」

「誰に殺された?」

「それが不明なんだ。けれども、死体の傷痕から聖魔法の残滓が検出されたらしい」

「聖魔法だと……」


 考え込むように、ザシャは押し黙る。ややあって、彼は口を開いた。


天界うえの連中が魔界ここに紛れ込んでいるのか?」

「さぁ、分からないね。もし、天界からの侵入者がいるのなら、その目的もよく分からないし。どうして――って感じだよね」

「……」

「でも、まぁ。君には一応耳にいれておこうと思ってさ」

「……分かった」

「何か他に情報が出たら、伝えるよ。グレースも一生懸命探ってくれているみたいだし」

「アイツも、を知っているのか?」

「いいや、知らない。伝えるつもりもない」


 ふるふるとベルンハルトは首を横に振る。

 エレオノーラ・バルツァー伯爵の領地で死亡した老人ヨルクやヘンネフェルト伯爵が、かつてヨープとコルネリウスの名前で呼ばれていたことや、彼らが昔に――どれもグレースは知らないはずだった。


 ザシャはベルンハルトに非難の目を向けた。


「どうして話してやらないんだ?アイツはお前の腹心だろう。信用していないのか?」

「まさか。信用しているよ。信用しているし、可愛がっている。そうじゃなきゃ、『寵愛』なんてあげないよ」

「なら、どうして…」


 ベルンハルトは弓なりに目を細めて笑った。


「ほとんどノーヒントで彼女がどこまで辿り着けるのか、見たいんだよ。グレースが必死に頑張る姿は可愛らしくて、見ていて飽きないからね」

「……悪趣味な野郎だ。お前みたいな男に目をつけられて、アイツには心底同情するぜ」

「本当に。俺は良い拾い物をしたよ」


 グレースの生前、つまりまだ人間界にいたときから、ベルンハルトは彼女に興味を持っていた。それでも、初めは単なる気まぐれだった。


「契約当時はさぁ、ただ恋人として傍にいてもらおうと思ったんだよね。彼女を魔王秘書官にしたのも、俺の傍にいさせるのに都合が良かったから。ほら、人間だって愛人を秘書にしたりするだろう?」

「……」


 ザシャは、あからさまに顔をしかめたが、ベルンハルトはそれに構わず続けた。


「それが今や、この通りだよ。俺の傍にいたら国内外の重要な情報が集まるからね。グレースはそれと自分の力をフルに活用して、ほとんど何の権限もなかった魔王秘書官の役職を今の地位にまで引き上げたんだ」


 まったく、すごいよねぇ――と他人事のようにベルンハルトは口にする。

 当初の目論見からはズレていたが、次にグレースが何をしでかすのか気になって、ベルンハルトはどんどん彼女にのめりこんでいった。逆に、ただの恋人だったら早々に飽きていたかもしれないと思う。


 ふと、ベルンハルトはあることを思い出して、含み笑いをした。


「九十年前、第七地獄ここは酷い有り様だっただろう?」

「そうだな。てめぇがまつりごとを放棄していたせいで、下がやりたい放題。結果、法も秩序もなく、弱い者がただむさぼられていた」

「君にもよく𠮟られたっけ。でね、九十年前。グレースが第七地獄ここに来て、少し経った頃。その惨状の原因――つまり、俺だけど――ソレを知ってしまってさ。彼女、何をしたと思う?」

「さぁ」

「俺を思いっきり殴り飛ばしたんだよ。が魔王の俺を」


 クククッとベルンハルトは喉の奥で笑った。


「彼女だって、俺と自分の力量差が分からないはずないのに。なんて無謀な…俺が腹を立てて、彼女を殺してしまう可能性も十分あったのにね」

「それ以上に激怒していたんだろうよ」

「うん。グレースは怒っていたね。俺の胸倉を掴んでさ、こう言ったんだ。『王の務めを果たせ』って」

「……」

「雷に打たれたような――っていうのは、ああいう感覚なんだろうね。ビビッときて、頭が殴られたような感じがしてさ。いや、実際殴られたんだけれど。気付いたとき、グレースに『寵愛』をあげていたんだ」


 『寵愛』と称し、ベルンハルトがグレースに分け与えたのは己の魔力だった。

 元々、人間としては破格の魔力を持って生まれてきたグレースだが、それでも魔族の猛者たちを圧倒できるほどの力はない。今の彼女の力は、ベルンハルトが与えた魔王の魔力あってこそだった。


 ベルンハルトは見たかったのだ。力を得たグレースがするのかを。

 その結果、第七地獄はたった九十年で様変わりした。

 そして未だ、ベルンハルトのグレースへの興味は尽きないでいる。


「さて。グレースは今回の事件、果たして解決できるかな?」


 ひゅうっ――ベルンハルトは上機嫌で、口笛を一つ吹いた。



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