第11話 連続殺人事件

 ラルフの言う通り、ヘンネフェルト伯爵は彼の屋敷から魔王城に至る道中で絶命していた。

 伯爵の馬車の御者にも取り調べをしたが、その証言はラルフの言葉を裏付けるものばかり――霧が出てきて、御者は馬車を止めた。すると、すぐに後ろの車体の方から人が争うような物音が聞こえてくる。不審に思って、御者は伯爵の安否を確認しに行く。そうして、馬車の扉を開けた瞬間、彼の眼に飛び込んできたのは変わり果てた伯爵の姿だった。驚きのあまり、御者は悲鳴を上げたという。


 急に出てきた濃霧は魔法によるものだと推定された。グレースは殺人現場を訪れ、その魔力残滓を探ったが、残念なことに魔力の霧はすでに消えていて何も残っていなかった。


 一方で、死体の方には明らかな痕跡があった。伯爵には鋭い刃物で斬られた傷跡があり、そこに聖魔法の残滓が見つかった。

 そう、エレオノーラ・バルツァー伯爵の領地で殺された老人ヨルクと同じ魔力残滓である。


 ヨルクは庶民で、ヘンネフェルト伯爵は貴族。二人には、およそ共通点がないように思われた。そんな二人が、魔界にはないはずの聖魔法をまとった凶器によって殺されている。これを偶然だとは、どうしてもグレースには思えなかった。


 いったい、この第七地獄で何が起こっているんだ?グレースはいぶかしむ。


 被害者二人の共通点は不明だが、凶器が特殊なことから、犯人は同一人物の可能性が高い。もし、この推測が当たっていれば、連続殺人事件である。

 地獄で殺人は別段珍しいことではないが、今回の場合はそうはいかない。グレースはこの件をベルンハルトの耳にも入れることにした。




「ふぅん、聖魔法の痕跡の武器かぁ。それは剣呑だねぇ」


 魔王執務室で、椅子に腰かけながら部屋の主――ベルンハルトはのんびりと言った。その全く緊張感の感じられない口ぶりに僅かに苛立ちつつ、グレースは「ええ、その通りです」と答える。


「何よりの問題は、犯人の目的がはっきりとしないことです。いったい、なぜこの二人を狙ったのか。わざわざ聖魔法の凶器を犯行に使ったのか――まるで分かりません」

「確認だけれども、君の部下――秘書官室の者が先走ってヘンネフェルト伯爵を殺したという可能性はない?」

「まさか」


 グレースは首を振った。


「部下の教育は徹底しているつもりです。命令無視の兵隊が出るとは、とても…。定期的に精神汚染のチェックも行っていますし」


 ぎゅっと、グレースの眉間に皺が寄る。

 魔族は個人主義のきらいがあるが、グレースは軍隊としての規則を部下に教育してきた。テロリスト掃討の際のミアのように、やりすぎてしまうことはあっても、独断専行で敵の重要人物を殺害するような輩はいない。グレースは部下を信じていた。

 そんな彼女の様子を見て、ベルンハルトはにこりと笑う。


「別に他意はないよ。一応の確認さ。とりあえず、君の知り得る限り――身内に不確定要素はない。それを確認したかったんだ」

「はぁ…」

「しかし、バルツァー伯爵の領地で亡くなった老人…ヨルクと言ったっけ?彼と、ヘンネフェルト伯爵の共通点は一つ、見つけられたかな」

「えっ!?」


 思わずグレースは身を乗り出して、尋ねる。


「それは何でしょうか?」

「どちらも魔族の第一世代ということだよ。おそらく、同じくらいの年齢じゃないかな」

「えっ、ヘンネフェルト伯爵が……ですか?」


 ヨルクは見るからに高齢、片や伯爵はまだ元気の盛んな年ごろで、人間で言えば四十代くらいの見た目である。二人が同世代とはとても思えない。

 そう考えていたグレースだったが、すぐにハッとした。というのも、魔族の年齢が外見からは判断できないことを思い出したからである。


 普段気を付けているはずなのに、人間だった頃のなごりか、ふとした瞬間に魔族の年齢を見た目で判断してしまう。グレースは己の失態を、苦々しく思った。


「ヘンネフェルト伯爵も若作りだよねぇ。まぁ、もっと年上の俺が言えた事じゃないけれど」


 そうのたまうベルンハルトは、まだ三十手前の青年にしか見えない。

 天界や魔界の生き物の寿命は体内の魔力量で決まる。故に、膨大な魔力を有する魔王たちは他の魔族よりも遥かに長寿なのだ。ベルンハルトもその見た目からは想像できない、長い時を生きているに違いなかった。


「魔族の第一世代ばかりが狙われている…と?ヨルクと、ヘンネフェルト伯爵の二人に面識はあったのでしょうか?」

「さぁ、それは分からないね」


 いずれにせよ、まだまだ情報が少なすぎる。被害者二人について、さらに調べる必要がありそうだった。


「そういえば、ヘンネフェルト伯爵の家族には彼の訃報を知らせたのかい?」

「ええ。状況的に隠蔽することはできませんでしたから」

「反応はどうだった?」

「伯爵夫人はもとい、マルガレータ嬢も荒れに荒れたそうです」

「君が殺したんだろうとか、言われなかった?」

「よくご存じで。今もまさに、ご令嬢自らそう吹聴していらっしゃると耳にしています。まぁ、私と保守派貴族が対立していたのは誰もが知り得るところですから、そう邪推するのも仕方ありません」

「あはは、憎まれ役も大変だねぇ」


 まるで他人事のような口ぶりでベルンハルトは笑う。なんとも気楽なものだと呆れつつ、グレースはこの件について引き続き捜査すると締めくくった。



「続いて、明日のザシャ閣下との会談ですが……」


 連続殺人事件から、明日に控えた第四地獄との首脳会議の予定についてグレースは話を移す。

 この会議は魔王と、その側近だけで行われる閉鎖的なものだ。予定では、第七地獄側はベルンハルトとグレース、第四地獄側はザシャとエッカルトのみが参加することになっている。

 会議の性質上、各魔王が率先して話し合わなければならない。よって、ベルンハルトには明日の議題をしっかり把握してもらう必要があるのだが……。


「え~、まだ仕事の話?」


 ベルンハルトは椅子の上でだらりと姿勢を崩した。そのまま、子供のような口ぶりで休憩を要求し始める彼を前にして、グレースはぐしゃりと持っていた書類を握り潰しそうになる。


「もう少しですから、ちゃんと聞いて下さい」

「仕事ばっかりじゃ疲れるよ。せめて癒しがないと」


 あなたは疲れるほど仕事をしていないでしょう――という言葉を飲み込んで、「癒し?」と眉をひそめて、グレースは尋ねる。


「そう、癒し」


 にっこりと、ベルンハルトが口角を上げる。同時に、グレースの眉間にさらに皺が寄った。彼女は臀部でんぶに妙な感覚を覚える。気が付けば、ベルンハルトが腕を伸ばし、グレースの尻を撫でていた。


 その瞬間――


 ゴキッ。


 鈍い音が執務室内に響く。


「……仕事の話をしますよ」

「もう、グレースは照屋さんだなぁ」


 朗らかにベルンハルトが言う。

 その彼の右手首は、どう考えてもおかしな角度に折れ曲がり、プラプラしていた。



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