第2話 魔王城の新人(Ⅰ)

「なぁんか、あっさり吐いちゃたねぇ」

「拍子抜けだよなぁ」


 テロリストの捕虜たちを尋問し、必要な情報を聞き出した後、グレースは秘書官室にいたる廊下を二人の部下――ミアとラルフと共に歩いていた。


 ミアは人間に換算すれば十代後半くらいの少女で、小柄で可愛らしい容姿をしていた。彼女と同年代の赤毛の少年ラルフも、まだ顔にあどけなさが残っていた。

 そんな二人が、今日の天気を話すような気軽さで、捕虜たちについて会話している。


「たかだが、足と手の指全部の骨が折れて、爪が剥がれたくらいで白状しちゃうなんて」

「あれくらいの拷問でゲロるの早すぎ。根性が足りねぇよなぁ。そう思いません?隊長」


 こちらに話を振ってくるラルフに、グレースは何とも微妙そうな表情をしていた。


 自分の手駒とするべく、ミアとラルフの二人をしたのはグレース自身だ。

 ここは弱肉強食の魔界。弱くては話にならないため、特に戦闘面での訓練を徹底して教え込んできたのだが……。その過程で彼らには常識とか倫理とか道徳とか……そういうものが、すっぽ抜け落ちてしまったのかもしれない。

 

 教育に失敗したかなぁ……。一抹の不安を覚えつつ、グレースは秘書官室の扉を開いた。



「お帰りなさいませ。グレース様、皆さん」


 出迎えたのは、三十代前半くらいの黒髪の男だった。眼鏡をかけ、少し神経質そうな印象を与える彼の名はクラーク。彼もまた、グレースと同じ罪人の一人である。


 彼は生前、とある独裁者の恐怖政治を支えた政治家で、大粛清の執行者として多くの国民の命を奪った。それ故、死後の審判で地獄に堕とされたのである。

 クラークはグレースと違って、戦闘能力はまるでない。ただし、文官として非常に高い能力を持っていたため、グレースが自分の補佐役としてスカウトしたのだった。


 さて、クラークの隣には、ミアやラルフの少し年上くらいの男が緊張した面持ちで立っていた。不自然なくらいに、ピンと背筋を伸ばしている。白に近い銀髪に、琥珀色の瞳を持った青年だった。


 グレースが青年の方を見ると、ビクッと彼の身体は震えた。


「そう言えば、今日から新人が入るのだったな。確か、名前は……」

「ケ、ケヴィンです。秘書長官様」


 うわずった声で、新人ケヴィンが答える。


「ケヴィンか。そうかしこまらなくて良い」

「は、はいっ!」


 グレースはできるだけ穏やかに言ったつもりだったが、ケヴィンの方は緊張してガチガチに固くなっていた。そんな新人を、ミアとラルフは面白可笑しそうに眺める。


「アタシはミア。これから、よろしくね」


 ミアがにっこり笑って自己紹介すると、「は、はひっ!」という変な声がケヴィンから返って来た。


「俺はラルフだ。よろしく!」

「はっ、はいっ!よっ、よろしくお願いいたします!」

「そう固くなるなよ!取って食いはしないって」


 言いながら、ラルフはバンバンとケヴィンの背中を叩く。彼はニィと意地悪く笑った。


「安心しな。スゲーだから。ちょっとトチっても、腕の骨一本くらいで許してもらえるぜ」

「そうそう、それか肋骨アバラの二、三本でっ♪」


 ラルフの悪ノリに、ミアが続く。たちまち、ケヴィンの顔から血の気が引いていき、それを見たグレースは溜息を吐いた。

「ラルフ、ミア。新人を脅すな」と、部下二人に忠告する。


「隊長、別に脅しじゃないですよ」

「そうですよぉ。センパイも私たちの腕とか肋骨とか、ポキポキボキボキ折ってるじゃないですかぁ」


 ラルフとミアは聞き捨てならないことを口にした。これでは、グレースが日頃から二人に暴力を振るっているみたいではないか。


「人聞きの悪いことを言うな。訓練の延長でそうなっただけだ。そもそも、ケヴィンは文官として採用したんだ。これからはクラークの下につく。君たちとは違う」

「文官かぁ。なら、腕を折っちゃダメだな。ペンが持てなくなる」

「じゃあ、やっぱり肋骨アバラ?」

「いや、だから。ケヴィンの骨は折らないと…」


 グレースとしては、新人が委縮しないよう心掛けていたつもりだったが、三人のやり取りを聞いて、ケヴィンはガタガタ震え出した。

 ケヴィンの骨は折らないと言っているのに、何を怯えているのだろう?そう、グレースは少し戸惑う。


 一方のケヴィンは、涙目で直属の上司であるクラークに訴えた。しかし、返ってきたのは無情な言葉で……。


「慣れて下さい」

「む、無理ですよぉ」


 情けない声を出すケヴィンを無視して、クラークはグレースに問いかけた。


「それで、グレース様。テロリスト共は口を割りましたか?」


 ああ、とグレースは頷く。


「奴らを煽動せんどうしたのは、ヘンネフェルト伯爵だ。これから裏を取る」

「中々、面白い人物が釣れましたね。伯爵は保守派貴族の最大勢力、シュタインマイヤー公爵派の中心人物だ。上手くいけば、公爵もろとも……」


 ニヤリと、クラークは眼鏡を中指で押し上げながらほくそ笑んだ。


 おそらく、公爵一派を追い詰める計略を頭の中でめぐらせているのだろう。クラーク自身には、特に政治的理想や思想がないことをグレースは知っていた。にもかかわらず、この男はこういったくわだて事が好きなのだ。まるで遊戯ゲームのように楽しんでいる。


 まぁ、クラークがやる気になってくれているのは良いことだ。本当に保守派の牙城を崩せるのなら、それにこしたことはない。

 今回のテロリスト共のせいで多くの住人が犠牲になってしまった。せめて、落とし前はつけなければいけない。そう、ヘンネフェルト伯爵にも――とグレースは考え、それから「あっ」と声を上げた。


「クラーク。悪いが、これから陛下の所に行ってもらえるか?今日中に決裁しなければいけない書類が幾つかあるんだ。一応、釘は刺しておいたから、今は執務室で仕事をなさっていると思う……が、あの陛下だ。少し、確認してきてもらえるか?」


 グレースはクラークにお願いをした。あの男は常に目を光らせておかなければ、すぐサボるのだ。

 全く。同じ主君でも、生前仕えていたウィルフレッドとは大きな違いである。何と世話の焼ける上司だろうか――そんなことを思う。


「承知いたしました。ちょうどいいです」

「ん?」

「ついでに、ケヴィン君を陛下に紹介しましょう」

「ああ、それは確かに」


 ちょうどいい――そうグレースが言いかけたところで、「ふぇ!?」とケヴィンが素っ頓狂な声を上げた。


「へ、へ、へ、陛下ってま、ま、ま魔王様のことでっ!?」

「それ以外に、誰がいるんだ?」


 グレースが怪訝けげんそうに問えば、「ひぃっ!?」という悲鳴が返ってくる。


「そんなっ、魔王様だなんて畏れ多い!ボクはボクは――」

「ほら、ケヴィン君。行きますよ」

「そんな、クラークさん!ま、まだ心の準備が…っ」


 半ばパニックになっているケヴィンの手を無理やり引いていくクラーク。

 そんな二人を見送りながら、グレースは「大丈夫かなぁ」と少し不安に思った。



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