五、すずらん

 オリュンポスの宮殿にて、愛と裏切りの女神アルテディーテは、アドニスが彼女にあてた手紙を読んでいた。


「ゴルゴンの首とメドゥーサの金玉は、アフロディーテの民主主義である。すべてを併せ持つあなたの鮫肌みたいな歴史の彼方へ、僕は僕のオナニーでしか愛せない。

 それを知ったとき、あなたは鼻で笑いましたよね。


 外ですずらんがゆれている。ヤスリよりもズタズタで、純愛よりも鋭くて、殺人以上に殺しつくす。そんなあなたが、畏れ多くて死にたくて、ひざまずいた僕の手足を、愛みたいな生ぬるい視線で、あなたはするりと切り落としましたよね。


 こんなにも、タイムマシンに乗ってしまうほどに愛してるのに、いつのまにか落ちてしまい、無限の混沌をさまようはめになった僕なのです」



 言っている意味よりも、その内容の卑猥さ、マゾヒズムに眉をひそめた。完全にセクハラである。



「永遠よりもとこしえの闇で、途方に明け暮れた僕の、まるで焼き魚の前後をまとめてひっくり返して、タルタルでかじっては投げ、いじってはあきて、でも骨だけは無理を無理やり舌先で、それこそ勝利の女神のように!」


 そこまで読んで、振り返った。本人が後ろに立っていた。いつものように、輝くばかりの美しさで、氷の微笑を浮かべている。


「鏡にしか微笑まなくていいさ。僕があなたを映す鏡なのだから」



 後日、部屋で発見された彼の遺書から。


「それを聞くや、あなたはただちに床にたたきつけ、飛び散った僕の輝きが、あなたのすべてを余すところなく映し出したのだ」


 きらきらきらきら。

 

「ふん」

 アルテディーテは鼻を鳴らした。

「まるで春の小川のせせらぎ。だわ!」



「狂ったのは、はたしてあなたか、僕のほうか。神にも聞こえぬため息だから、きっと誰にもわからない」


 外ですずらんがゆれている。

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