一、死んでしまった夜

 血糊ハンマーを握り締め、私は廊下に立っている。


 あけない夜を殺してしまい、おまえのいらない朝がきた。覗きこんだら真夜中だ。

「こんなブラックホールの瞳ばかりを、素直に見つめるな」


 あおむけの父を無視して処理の仕方を検索し、つめる袋を求めて月夜の物置に入る。懐中電灯。英語でフラッシュ。報道カメラのそれと同じ。まだだけどな。


 言い訳? 考えてあるよ。

 月も、えくぼも、あばたのクレーター。


「こいつの劣等、こいつの優等、こいつのいい加減を叫んだら、自殺してたんです。いえ、ただの暗いくらーい、よくある結末ですよ」


 毎日毎日毎日毎日、必要もない親の金切り断末魔に、うるせえ公園のガキ。いらんことばかり便利なPCなんかも、みんな私の地獄へ中絶し、妊娠し、中出ししてやった。


「ひっくり返れば極楽だ」

 今日から私、ジェロニモです。


 出生お前のシャクシャインは、まるで「生きていくにはデタラメ桜のまっしろけが必要だ」とでも言うらしい。そこだけが、そこはかと、なくしてしまったピンクの芽が、ユーチューブのパンクロックで、生えて狂って、モヒカンになった。



 ああ夜明けの太陽が突き刺さる。悪意と終末の叫びで降り注ぐ。

「いたるところで傷つきまくれ!」


 心配しないで……

 気にしないで……

「俺のなくした母親、よこせ!」

「端から持ったことも、いらねえ!」

 なんて嘘ばかり汚物だよ。インチキばっか夢ばっか汚物だったんだ!




 お母さんは溶かそうか。お父さんは放置でいい。

 物置で見つけたお盆用の白い雛菊。ライフオブ灰色に造花の一本もそなえて、なんの罰があたるというんだ。

 死にゆく夜じゃないか!


 参る墓なし。入る穴なし。ふらつく魂はボウフラ。

「立派な吸血鬼になるんだぜ」

 あのよ。お父さんよ。

「どこまで期待すりゃ気が済むんだ!」



 いつしか全身黒づくめでマントをはおり、棺なんかないので眠ることも出来ず、やっと物置の外に出たころには、十字でニンニクの太陽が昇る。弱点だらけの俺様は、まるで鉢からぴょんと飛び出して、床にぺたりの金魚で終わった。

 ぴちぴちと力尽きて、残った足を食いつくし、でもまだ生きて死なずに、足のない蛸になって、君に電話したよ。


 君のあきれ返る笑い声けけけけ。

「君って、まるで生きてるみたいに死なないんだねえ」




 まだ通報されない。外出しても大丈夫。街ゆく人は忙しい。朝のあわただしさをぬってぬって、私はまっくろなフードで顔も歴史も隠す。


 人類はまだクソ輝いている。太陽はいつまでも落ちてくる。気づけば港まで来ていた。朝日でゆれるみなもきらきら。海の水とは、すべてがひっくり返った、あの夜のこと。



「ぼくの頭上に口あけろ。海溝なら、もっとやさしく言えよ。あなたの最も聞きたいこととかさぁ……」

 埠頭でぶつぶつ言ってる私に、後ろで警官が疑いの視線を投げる。パパ、ママ、もうすぐだよ。血糊ハンマーは、このカバンの中にしっかり入ってる。


 あけない夜を殺してしまい、おまえのいらない朝がきた。覗きこんだら真夜中だ。死んでしまった、この夜に。

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