第30話 過ぎゆく日々は流星の如し

僕の二年生の夏休み、残りはあっという間に消えていった。光陰矢の如しとは言うけれど、流れ星もびっくりの速度だ。


二学期が始まって、文化祭、苺の県外遠征に全国大会、僕は親父に連れられSP見習いの仕事を開始。忙しい毎日に安息はないがランナーズハイにも似た高揚感があった。特に苺は忙しかったな。遠征から帰ってきたと思ったらすぐに全国大会への調整、生徒会に副会長としてスカウトされ、男女ともから告白を受けている。


「先輩、こんにちは。」


「おう、がんばれよ。」


いつしか、僕らの学校での会話は減っていった。まぁ、


「先輩、今日も待っててくれたんですか。」


「苺がそうしてくれって言ったからだろう。」


放課後は一緒に帰ってるけどな。


「明日はいよいよクリスマスですね。先輩は相手いるんですか(*‘∀‘)。」


「わかってる癖に。」


「へへへー、そんな先輩には明日一日私を自由にする権利を上げましょう。」


両手を腰にあてどやる苺。やられっぱなしも僕って感じがしないし、苺に手玉に取られてるってのも気に食わない。だから、


「ふんすっ!!」


「ちょちょっ、いきなりなんですか!?町中でお姫様抱っこなんて恥ずかしくないんですか!?ほんと信じられません。」


ああ、恥ずかしいさ。ついでに言うとコイツのファンクラブ内で誰が明日苺といられるかの抗争も起きたさ。手加減ってもんをしらん女子の方がよほどケダモノだったなあ。バレたら殺されてしまうかもしれない。それでも、


「最近、僕は余裕ぶってる苺しか見てないからな。たまには顔真っ赤にして慌てふためいてる苺も堪能しておきたいんだよ。」


「・・・イジワル。」


「それは認めよう。男の子は好きな女の子にはイジワルしたくなる生き物だじゃらね。」


いくら苺を照れさせるためとは言え、我ながらキザが過ぎるな。う~ん、十分か?もちろん否だ。十分だと確信をもっていえないならそれは不十分なんだ。パパンも言っていた。『オーバーキルで問題ない。過剰量が適量だ』ってな。


「それに、クリスマスってイブの方が盛り上がるもんだろ。だから、今日も僕にくれ。」


決まったーーー!!これは誰が見ても十分だろう。何ならあまりの甘ったるさから胸焼けする人間も現れるだろう。そう、僕が余韻に浸っていると。


「むぐぐ。」


苺に抱きしめられる。互いの首が触れ苺の脈動を感じる。


「むきゅうー。」


あ、久しぶりのオーバーヒート。ってことは体から完全に力が抜けるってわけで、


「お、重い。前よりも身長伸びてるからその分重さがー。」


やべえ、完全に自業自得だけど、誰か助けてくれる人はいないだろうか。探してしまう。こんな人込みの中に奇跡的に知り合いがいて助けてもらえるなんて少女マンガぐらいなもんだろう。僕が諦めて筋肉痛覚悟で家に歩を進めたと同時にその声が聞こえた。


「廻くん、苺は俺が預かろう。」


「頼みますよ、親父さん。」


「はいよ。」


そう言って苺を軽々と背負い僕の前を歩く親父さん。その背中にいる苺は小さく見えて、彼女はまだ少女なのだと改めて認識させられる。


「親父さん。」


「なんだ?」


おとこの背中ってかっけえな。」


「おだてたって飲み物と肉まんしか出ないんだからな。」


「ははは。」


苺はやっぱり親父さんに似てるよ。きっと、コイツの正義のヒーローってのが親父さんなんだからさ。頑張ったんだな。ただ、残念ツンデレ(?)なところまで似ちゃったか。


「廻くん、娘を頼んでも良いか?」


「苺が僕を選んだらいいですよ。」


「そうだな。」


やっぱ、僕らは親に恵まれてるな。イブの町中はカップルだけのものじゃないんだぜ。だって、


「そんなことより、JKの娘にクマちゃんのぬいぐるみですか。」


「いいだろ。プレゼントは好きな奴に好きなものを渡すもんなんだぞ。」


やべえ、このおっさんマジでカワイイわ。何がカワイイってそのぬいぐるみ警察官、それもハードボイルドなカーキのコート来てるんだぜ。ぬいぐるみはそう簡単に捨てられないからな。娘に自分のことを覚えていて欲しいって思いが前面に押し出されている。こりゃ、家に帰るのが楽しみだな。


「それじゃ、またな。」


「はい、おやすみなさい。」


親父さんと別れ僕も家に着く。さて、パパンとママンはどんな準備をしているんだろうか。


「「メリークリスマス。」」


2人は料理を準備して僕を待っていてくれた。本当に本当に、


「コレが両親かぁ。」


ママンはサンタ、パパンはトナカイ。いい年齢としした大人が二人、僕よりも楽しんでいる。僕そっちのけで。


「コレとはなんだ、コレとは。」


「いやぁ、嫁に尻に敷かれてる男(物理)に言われてもなぁ。僕より楽しんでるじゃん。息子そっちのけで。新婚かよ。」


「ええ、私と流華さんは新婚20年目よ。なので20年記念ということで、夜ご飯はいつもよりも豪華よ。」


えっへん、じゃないのよママン。そこは「えっ?変」でしょうが。


「そうだぞ、だから早く食べよう。二番目に愛しい息子よ。」


「そこは『最愛の息子よ』じゃないのかよ。」


「最愛の人は紗羅に決まってるだろうがー!!」


「同率1位じゃないのかよ。」


「いや、そこはしっかりと分けておきたい。」


クソ、この嫁マジLOVE男め。普通、20年も経てば浮気の一つや二つするもんだろ。


「ぐあ。」


あ、ママンがキレた。


「流華さん、家族が一番大切よね。」


「・・・はい。」


「家族に優劣はないわよね。」


「はい。」


「ごめんなさいは?」


「ごめんな、廻。」


「別にいいよ。先にツンツンしてたのは僕だから。」


「うん、やっぱり紗羅の方が可愛くて好きだわ。」


「流華さん?」


「\(^o^)/オワタ。」


「廻、ちょっと待っててね。」


ママンは椅子パパンから立ち上がると、颯爽と携帯を取り出し、


「もしもし、花村さん?今夜、息子を預けても良いですか?・・・はい、私たち結婚20年目ですし、息子もクリスマスぐらい好きなこと過ごしたいでしょうから。・・・はい、来年はこちらでお預かりしますね。・・・はい、それでは。」


「紗羅さん?」


恐る恐るママンに声をかけるパパン。そんなみっともないパパンを無視してママンは、


「廻、許可はとっておいたから、今日は花村さんの家でお泊りしておいで。タッパーに詰めといてあげるから料理を持ってきなさい。いやぁ、早めに作っといてよかったわぁ。」


テキパキとお泊りの準備をし、僕をつまみだすママン。そして気が付けば玄関。片手に料理、もう片方の手にはパパンに首根っこを持ったママン。


「はい、廻。ちゃんと楽しんでくるのよ。私も流華さんと楽しむから。それじゃあ。」


バタンとドアは閉められ、僕は諦めて隣の家へと向かった。



「あ~、いらっしゃい。今日の晩ご、ゴホンゴホン。廻くん寒くなかった。」


今、絶対に晩御飯って言おうとしたぞこの人。


「おばさん、僕らお隣さんじゃないですか。」


「そうね、ささ、上がって上がって。」


「お邪魔しまーす。」


靴を脱いで上がる。


「あ、そうだ。苺を起こしてきてくれる。場所は~、わかるわね。」


ははは、この人は客人とか気にしないんだよな。まぁその方がこっちも気が楽だけど。僕は二階へと向かった。


そうして、家族+お隣さん1名の夕食が始まり、すぐに終わった。


「いやぁ、人が作ったご飯っておいしいわね。」


「こんな料理が出てなんでアイツは太らないんだよ。」


「先輩、今度遊びに行っても良いですか。お料理習いに行きたいです。」


三者三様の感想を聞いて僕は誇らしくなる。


「ええ、母に伝えておきます。父にも。」


そんなこんな、食事も終わりついに今まで目を背けていた問題に直面。


「廻くん、今日はどこで寝るつもりかな。」


「ソファ貸していただけますか?」


「ダメよ。苺の部屋で寝なさい。」


ママン、やってくれたな。許さんぞ。



夕食後の記憶がなかった。僕は布団の上。隣には服がはだけた苺。あれ、コレってやらかしたヤツか。ヤバい、絶対\(^o^)/オワタ。とにかく謝罪だ。


「苺ぉ、スマン。」


角度は90度、SPの仕事で鍛えた体幹で全力フルスイングからのピタ止め。どうだ。


「ん、先輩おはようございます。」


嫌われてはいないようだ。なら、無理やり襲ったとかはなさそうでよかった。ただ、それだけじゃまだ不安だ。


「食事が終わってからの記憶がないんだけど何かやらかしていないか。」


「あ~、お母さんが先輩に睡眠薬をもって、寝起きの反応で甲斐性を見るんだって。だから、先輩大丈夫でーすよ。」


あんの、ママンのママ友め。親父さんに言いつけてやる。ってダメだ―。こっちもうちと力関係大差ねえ。諦めよ。


「センパーイ?大丈夫ですか?もしかして薬の量が多すぎましたかね?」


しばらくの静寂の後に、僕の心配する苺。


「いや、ちょっと頭が痛くなってただけだ。」


「やっぱり、薬が・・・」


「じゃなくて、精神的な話。言葉の綾だよ、言葉の綾。」


「そそそ、そうですか。へ~。」


なんか様子が変だな。まさか!?


「なぁ、本当に何もなかったのか?もしかして僕が寝ている間に何か・・・。」


僕が寝相で苺の胸をもんでしまったとかそういうことか!?


「いえ、私は眠っている先輩にききき、キスなんてしていませにゅ。」


舌噛んだ。こいつは黒だな。


「い~ち~ご~。」


「ごめんなさい先輩、聖夜の力には勝てませんでした。だけど、我慢したんですよ。最初は唇を当てるだけでしたから。」


「はーーー。」


ったく、コイツはどこまでもマダオ(まるでダメな乙女の略)なんだから。


「あわわわ、嫌いにならないでください~。」


そうじゃないんだよなぁ。


「苺、僕は降りてる。急いで着替えて降りておいで。」


それだけ言い残して僕は一階の更衣室を借りて着替え、ダイニングへ向かった。



着くとそこには制服姿でソファーにすわっている苺がいた。


「なんだ、ふざけているのか。」


ふと出た感想。それに過剰に反応して土下座をする苺。


「この度はまことに申し訳ございませんでした。」


・・・?。っあ。そういうことか僕が怒っていると思ってるんだな。


「なぁ苺。」


「なんでしょう。」


かたいなぁ。謝罪をもとめているんじゃなくてな。


「なんで、お出かけするのに制服なの?」


「っへ?」


呆けた苺の声、それを笑う苺の両親。花村家も愉快だな。



「じゃあ、本当に怒ってないんですね!」


苺に説明してやり、多少時間がかかったがようやく理解したようだ。その後、苺は着替えなおし、僕らは玄関にいる。


「それじゃぁ、親父さん、、娘さんお借りしますね。」


「おう、楽しんで来いよ、苺も廻くんも。」


「ねえ、今のは悪意あったわよね。ねぇ。」


苺の両親の見送りを受け、僕らのクリスマス二日目は始まった。



最初にやってきたのは、あの駅前だ。そう、プリン頭を私刑に処したあの駅前。


「先輩、ここって先輩が初めてお姫様抱っこしてくれた場所ですよね。」


「そういや、そうか。あれが初めてだったな。いやぁ、苺は筋肉質だから大変だったんだぞ。」


「酷いですよ先輩、乙女は好きな人にぶよぶよのお腹を見られたくないんです。」


「それでゴリゴリの筋肉を手に入れたと。」


その脚力から繰り出される蹴り、あれ?コイツって守らなくても良くないか?やっぱり、ありきたりな言葉じゃだめだな。


「うーーー。」


うん、痛い。組んでる腕でそのまま骨を砕こうとするな。


「わかったわかった、スイーツ奢るから許せ。」


「物でつられたんじゃないんですからね。それで店は?」


「あそこ」


そう言って男女の人込みができているカフェを指さす。


「ク・リ・ス・マ・ス・限・定、・・・カップル様割引!?」


おお、苺は目もいいんだな。



「いやぁ、おいしかったな。あのジャンボパフェ。」


「はい、もう一週間分は食べたと思います。」


最初こそ緊張でガチガチだった苺だけど食べ進めていくうちに意識は自分の座高を越える巨大パフェに全集中。だいたい6割ぐらいは苺が食べちゃったな。


「じゃあ、食後の散歩でもしようか。」


「そうですね、太っちゃ大変ですし。」



人込みから遠ざかり、歩いてやってきたのは学校の前、


「来年は苺も先輩かぁ。」


「先輩は受験生ですね。」


「いや、受験しないけど。」


「え~、ずるいですよ。」


わかるよ、そりゃ勉強は全学生の敵さ。だけど、僕は受験から逃げるんじゃなくて。


「いやいや、僕は就職だよ。父さんがSPとして所属している派遣会社に就職。」


「ちぇー、先輩と一緒にキャンパスライフhおくれないんですね。」


「同棲してやるからそれで我慢しろ。」


「っえ!?なんでですか!?」


あぁ、そりゃ気になるか。だけど、


「秘密だ、秘密。今日の最後に教えてやるよ。」


その後もことあるごとに理由を尋ねてくる苺。まぁ、さすがの苺でも映画館ではわきまえていた。だけど、その視線は僕に注がれていて映画にまったく集中できなかった。


「いや、映画見ろよ。」


「えー、先輩が気になることを言っちゃうから悪いんじゃなあいですか。」


「ええい、とにかく夜ご飯だ。苺、何食べたい?」


「あー、話そらした。えーっと、イタリアン。」


任せろ、そういうと思って既に予約はとってある。とはいえ、二分の一の確率に賭けただけなんだよな。さすが親父さんわかってるぜ。(おばさんはハズレ、残念だったな。娘LOVEパワーは親父さんの勝ち。)


「了解、さっそく向かおうか。」


ネット予約のキャンセルのボタンをクリック。お店へ向かう。店は混んでいたが、


「予約の久繰です。」


「お待ちしておりました、どうぞ。」


「先輩いつ予約してたんですか!」


「昨日。」


案内された席に着き料理を注文する。パスタにサラダ、この季節は寒いからグラタンも。


「先輩、食事マナーも完璧なんですね。」


「そりゃぁSPめざしてるからな。ちゃんと練習すれば誰だってできるさ。」


他愛もない会話。中身もない。だけど、話している相手が苺ってだけで時間はあっという間にすぎていくんだな。


「ご馳走様。それじゃぁ、お会計しとくからゆっくり来て。」


先に出てまたナンパされても困るからな。


「はーい。」


レジに着き、財布から一万円札を取り出し、女の店員さんに渡す。


「おつりは6000円になります。」


「はい?会計は二人分ですよ?」


「お会計は4000円になります。」


「いやだから。」


「4000円で良いって店長が言ってるでしょうが!!」


そう言われて胸元のネームプレートをみるとそこには確かに店長responsable de magasinと書いてあって。


「うぶなカップルは大好物なんです。だから、5000円割引!!」


「そんなことしてたらお店つぶれちゃいますよ。」


「大丈夫、私はピュアピュアなカップルにしかこんなことしないから。」


「それにまだカップルじゃないんですよ。」


「まだ!その目は覚悟を決めた目ね。なら私も覚悟を決めねば無作法というもの。もってけ泥棒。100%オフだー。」


結局、この日本男児みたいなイタリアンレストランの女店長に追い出されるた。


「先輩、遅かったですね。」


あの攻防のうちに苺は店を出ていたようで、


「お、おう。あと一か所あるからついてきてくれるか?」


あの時の会話を聞かれていないかとひやひやしながら手を握る。


「ふふ、いいですよ。一か所でも二か所でもどこへでも。」


そのまま僕は振り返らず苺の手を引いて歩いた。あの夏の思い出に。



町全体を見渡せる丘の上に立ち。


「先輩。」


「なんだ。」


「ロマンチックですね。」


「いいだろ、男女平等の時代だ。それに覚えていてくれたんだな。」


テクテクとベンチに座る苺。


「そりゃあ、まだ四か月しかたっていないんですよ。」


僕も苺の隣に座る。


「もう四か月だ。それぐらいあっという間だったぞ、苺との日々は。まぁ、最近は少し長く感じたけど。」


照れる苺。まぁ、僕の方が恥ずかしいんだけどな。顔が真っ赤だ。幸い周りは暗い。お互いの顔が見えないぐらい。暗かった・・・んだけどな。


「綺麗ですね、先輩。」


「そうだな。」


「あれれ~、先輩顔真っ赤ですよー。」


はぁ、今年の流星群はちょっと数が多すぎるな。苺にバレちゃったじゃないか。ただ、


「苺、僕の顔が見えてるってことは、お前の顔もみえてるんだからな。」


さっと顔を隠すがもう遅い。ばっちりト目に焼き付けさせてもらった。


「先輩、お互い見なかったことにしませんか?」


「苺がそうしたいんだったら努力はしよう。」


「も~。」


苺がポコポコト僕を殴る。だけどな、僕だって身長が伸びたんだ。座ってても苺の頭に手が届く。


「ははは、そう怒るなよ。」


「許しません。ふん。」


プイっと顔を背ける苺。かわいいもんだ。流星が流れ終わり僕らは帰宅した。告白こそできなかったが、いい思い出になったな。

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