第38話:母の願い

 思わぬ来訪に戸惑ったクロエだったが、何やら事情があるらしいマデリーンを追い返すことはできなかった。


「とにかく話を聞かせて」


 クロエはマデリーンを応接室に招いた。

 マデリーンは驚くほど神妙しんみょうな様子で、それが余計に不安をかき立てる。


「ごめんね、まだ片付いていなくて」


 とりあえず、埃は払っていて客を通せる状態にはしてある。

 部屋に通されたマデリーンが、物珍しそうに部屋を見回す。


「すごいわね、お城なんて……」

「まだ全然片付けられていなくて、ほとんどの部屋が手つかずなの。広すぎて手が回らなくて……。あ、お茶をいれるわね」

「侍女はいないの?」

「今度一人来てくれる予定なんだけど、まだしばらくかかりそう」


 クロエは慌ただしく厨房に行ってお茶をいれる。


「クロエ、大丈夫なのか」

「エイデン様! こんなところまで!」


 いきなり厨房に顔を出したエイデンに、クロエは驚いた。


「マデリーンはどうした。追い返さなくていいのか」

「一応、謝罪もしてもらいましたし……」


 それでもエイデンは釈然としないようだった。


「母に何かあったようで」

「それが?」


 エイデンが目を細める。


「おまえを生贄に送り出した養母だろう? おまえが気に掛ける必要があるのか?」


 冷ややかな声だった。


「……それでも、18年育ててもらいましたから」


 幼い頃の母は優しかった。

 黒い髪をなじられて泣いて帰ってきたクロエの髪を結ってくれ、慰めてくれた。


「話だけでも聞こうと思って……」

「わかった」


 クロエの決意が固いと察したエイデンがため息をつく。


「今度は俺も立ち会う」

「エイデン様……」

「またおまえを傷つけるようならば、俺からきつく言ってきかせる」

「そんな……エイデン様のお時間いただくようなことでは……」

「ダメだ。俺も同席する」


 エイデンは頑として譲らない。


「すいません、お忙しいのに」

「構わない」


 クロエたちが応接室に入ると、マデリーンが目を見開いた。


「エイデン様!!」


 エイデンの姿を見たマデリーンが驚いたように立ち上がり、深々と一礼をした。


「お初にお目にかかります。クロエの妹、マデリーンです」

「……」


 エイデンは不機嫌そうな様子を隠そうともせず、さっさとソファに座った。

 クロエは紅茶を入れたカップを置いた。


「さあ、どうぞ」

「ありがとう」


 マデリーンが小さく微笑むとカップに口をつけた。


「それで、お母様がどうかしたの?」

「実は、お母様の体調が悪くて……」


 マデリーンが目を伏せる。


「ええっ!?」

「クロエが辺境に旅立ったのがショックだったみたいで、体調を崩して寝込んでいるの」

「お母様が……」

「お母様のことも許してあげて。クロエにあんなひどい態度を取ったのは、私を守るためなの。お母様はクロエのことも愛しているわ。でなければ、18年間も育てられるわけはないでしょう?」

「……」


 ずっとマデリーンと双子の姉妹だと思って育ってきた。

 それは両親が自分を本当の娘のように扱っていたからに他ならない。


「私が王都に行ったのも、何かいい薬がないか探すためだったの」

「それで……!」


 なぜマデリーンが王都にいたのかといぶかしんでいたが、リンジーのためだったのだ。


「薬は見つかったの?」

「一応買ってはみたのだけど……ちっとも良くならないのよ……。きっと心労のせいだと思うわ。クロエが生きていたって話したら、クロエに会いたい、謝りたいって涙を流していたわ……」


 マデリーンが沈痛な面持おももちで見つめてくる。

 ずずっと鼻をすすったマデリーンが口を開いた。


「ねえ、クロエ。お母様に会ってもらえない?」

「えっ……」

「一目だけでもクロエに会えば元気になると思う。お願い!」


 クロエは呆然と頭を下げるマデリーンを見つめた。


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