第36話:マデリーンのたくらみ
「絶対に認めないんだから!」
マデリーンは帰りの馬車の中でも荒れ狂っていた。
「おい、いつまで言ってるんだよ」
さすがのニールも呆れ顔だ。
城から帰ってきたと思ったら、手当たり次第物を投げ、わめき散らし、
ようやく帰りの馬車にマデリーンを押し込み、ニールは疲れ切っていた。
「いつまでって……私が王子の花嫁になるまでよ!」
「はあ?」
18歳にもなって子どものような夢を語り出したクロエに唖然とする。
甘やかされて育った自信家だとは思っていたが、ここまでひどいとは思わなかった。
両親や兄たちに甘えきってだらだらと暮らしている自分のことは棚に上げ、ニールは呆れ返った。
(小遣いをもらっているとはいえ、こんな面倒な女の世話なんて懲り懲りだ)
(ああ、さっさと村に帰りたい……)
とはいえ、娯楽のない村での暮らしにも飽き飽きしていた。
(王都……楽しかったな。面白そうな
(
それでなくとも、お小遣いをもらって親の家で暮らしている身だ。
(何かねえかなあ……一発逆転するようなうまい話がさ)
「絶対に許さない、許さないんだから……!」
マデリーンが爪を噛みながらブツブツ呟いている。
(怖い女だよ……いくら美人の巫女姫たって、これじゃ嫁のもらい手がないはずだ)
村では十六、七歳で結婚することも珍しくない。
マデリーンは自分のことを高嶺の花だと思っているようだが、ニールに言わせればただの勘違い女にしか見えない。
(とはいえ、俺もよく知らないときは手の届かない巫女姫だと思っていたからな……)
憧れのマデリーンから声をかけられたときは有頂天になった。
あのときの自分を殴ってやりたい。
(だが、王都に小遣い付きで連れてきてもらえたからな。悪くはなかったけど……)
どんどん遠ざかっていく王都がもう恋しい。
「……ニール。ねえ、ニールってば!」
いきなり怒鳴りつけられ、思いにふけっていたニールはびくりとした。
「な、なんだよ」
「私、絶対に認めないの。クロエが王子の花嫁だなんて!」
「ああ、もう百回くらい聞いたよ」
うんざりした様子を隠す気もおきない。
ニールも城から戻ったマデリーンの話を聞いて驚いた。
辺境伯が新しく代わっていたうえ、クロエが王子と婚約しているとは。
(クロエ……あんまり印象にないんだよな)
不吉とされている黒い髪をしていて、親からは近づかないように言われていたせいもある。
クロエはいつもうつむき加減で歩いていた。
だが、昨日見たクロエはまるで貴族の令嬢のように美しく、気品に満ちていた。
(あんな綺麗な子だったっけ……何となく村で浮いていた気がしていたけど……)
惨めで浮いていたのではなく、もしかしたら生まれが違っていたせいなのかもしれない。
マデリーンからクロエと血が繋がっておらず、出自が不明と聞いてニールはそう思った。
(なんていうか、全然村の空気に馴染んでいなかったもんなあ)
だが、パレードで見たクロエはその場所にいるのが当然のようにしっくりして見えた。
(いいじゃねえか。クロエは助かり、無事嫁に行く。仮にも姉妹として育ったのに、こいつは何がそんなに気にくわないんだ)
「私のほうが王子の花嫁にふさわしいと思わない!?」
クロエが顔を真っ赤にして叫ぶ。
「おいおい、正気かよ……」
村では尊敬されている祭司の家の娘で巫女姫と呼ばれていようと、爵位すらない平民だ。
なのに、マデリーンは本気で王族になれると思っているらしい。
「何よ、その顔。王族だけど、王位継承戦には関係のない第8王子ならアリじゃない? 実際、クロエが婚約者なんだし、別に貴族の娘でなくともいいってことでしょう?」
「……」
強引な三段論法を出してきたマデリーンを見つめるしかできない。
余計な口を挟んで怒鳴られたくない。
マデリーンはニールの沈黙を肯定と捉えたようだ。
満足げにうなずく。
「だから、私がエイデン様の花嫁になる!」
マデリーンが堂々と厚かましい宣言する。
「……どうやって。エイデン様はクロエの婚約者だろ?」
「ふふ」
マデリーンの邪悪な微笑みに、背筋に寒気が走った。
(これ……あれだ。森で熊に会ったときに感じたやつ……)
とてもかないそうにない、凶暴で残忍な相手と対峙したときの気分だ。
「なら、クロエがいなくなればいいんじゃない?」
マデリーンがあっさりと恐ろしいことを言い出した。
「何を言って……」
口の中がカラカラになる。
「何よ、その顔。別に殺そうってわけじゃないわよ」
「そ、そうか……」
マデリーンなら言いかねない。
そうニールに思わせるだけの迫力があった。
「ただ、何日かいなくなってほしいだけ。そうしたら、その間に私がエイデン様の心を射止めるわ。クロエだって、たった数日で婚約者になったわけだし、私にもできるはずよ!」
ニールは恐ろしくて口を挟めず、黙って意気揚々のマデリーンを見つめた。
「で、あんたの協力がいるの」
「お、俺が?」
ニールの声が裏返る。
最悪の展開だ。
厄介事に関わりたくない。
「大丈夫。そんなに難しいことじゃないわよ。それに、もし私が王子の花嫁になったら、たっぷりお礼を弾んであげる」
「えっ……」
マデリーンが余裕に満ちた笑みを浮かべた。
「あんた、お金ほしいでしょ? 知ってるのよ、あんたが王都で物欲しそうにいろいろ見ていたのを。私がその夢を叶えてあげるわ」
ニールはごくりと唾を飲み込んだ。
悪魔のように見えていたマデリーンだが、実は幸運の女神なのかもしれない。
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