第34話:死んだはずの姉
「嘘、嘘、嘘、何なのあれは!」
パレードから帰るなり、大荒れで叫ぶマデリーンをニールはおろおろと見守るしかできない。
「あれ、クロエだったでしょう!? 間違いないわよね?」
「あ、ああ。貴族の令嬢みたいだったけど……」
「ちょっといいドレスを着てるだけでしょ!」
マデリーンに怒鳴られ、ニールが首をすくめる。
「なんで辺境に行ったはずのクロエが、王族の馬車に乗っているのよ!?」
若く美しい王子の隣で、にこやかに手を振っていたクロエの姿が目に焼き付いている。
「わ、わからないよ……」
「役立たず!」
八つ当たりをされ、ニールが鼻白んだように口を閉ざした。
「なんでクロエが……!」
惨めな生贄として辺境伯の元に送られ、早ければもう死んでいたはずなのに。
(あれは――どう見ても、王子の妻か婚約者だった……)
(なんで? まだ辺境に送られて一週間しかたっていないのに!)
まったく理解できず、マデリーンは爪を噛んだ。
このまま捨て置くわけにはいかない。
「私、聖堂に行ってくる!」
「え?」
「叔父様に頼んで王子にお目通りを頼むわ! 祭司なら何とかなるでしょ!」
*
「クロエの妹が?」
パレードですっかり疲れてしまい、部屋でくつろいでいたクロエたちの元へ、侍女がやってきた。
「はい。聖堂の祭司を伴ってきました。クロエ様にぜひお会いしたいと」
エイデンが眉をひそめ、クロエを見る。
「どうする、クロエ。無理に会う必要はないぞ」
「え、ええ……」
正直、気が進まなかった。
だが、わざわざ城にまで会いにきたのだ。
18年間、一緒に暮らした情もある。
「きっと、私の姿を見て驚いたのでしょう。私の口から事情を説明します」
「わかった。俺もついていこうか?」
「いえ、大丈夫です。エイデン様はこのあと、面接があるのですよね?」
「あ、ああ、そうだが……」
辺境に来てもらう使用人候補の面談が予定されていた。
今日のうちに辺境に帰るので、あまり時間はない。
「妹と話すだけですから、大丈夫です」
「そうか、わかった」
心配そうなエイデンに微笑みかけ、クロエはマデリーンの待つ応接間へと移動した。
部屋に入ると、マデリーンがハッとした顔で立ち上がる。
「やっぱりクロエ!」
「マデリーン……」
クロエは複雑な思いでマデリーンを見つめた。
「どうして王都へ?」
「……気分転換に。一度来てみたかったし」
「一人で来たの? お父様たちは……?」
「ニールを連れてきたわ」
マデリーンが唇をとがらせ、不機嫌そうに言い放つ。
「ああ、あなたの婚約者……」
「あんなの形だけよ!」
「え?」
「何でもないわ! それよりクロエこそ、なんで王子と馬車に乗っていたの? それにその格好……」
クロエはドレスを着たままなことに気づいた。
「あの、私、婚約したの」
「はあ? 誰と?」
「第8王子のエイデン様と……」
マデリーンの目がつり上がる。
「意味がわからないよ! そもそも、あんたは辺境に行ったはずでしょう!?」
噛みつくように言うマデリーンを
「辺境伯が交替……? それで王子が……? 何それ」
「だからもう、花嫁と称して生贄を出さなくていいの」
安心してくれたかと思いきや、マデリーンが急に地団駄を踏み出した。
「何よそれ! 何よそれ!」
「マ、マデリーン……」
「そんな……っ、だったら私が花嫁として辺境に行っていたわよ! 知らなかったもの!」
「でも、あなたは婚約者が……」
「あんな怠け者が婚約者なわけないでしょ!! 生贄になりたくなかったから、お金を払って婚約者の振りをさせたの!」
呆然とするクロエに、マデリーンが血相を変えて詰め寄ってくる。
「いたっ!」
クロエの両肩に爪が食い込む。
まるで鷹のように指を食い込ませ、マデリーンが顔を近づけてきた。
「なんでクロエが! おかしいでしょ! 私の方がずっと綺麗なのに!」
マデリーンがいきなりクロエの髪をつかんだ。
「あっ!」
「こんな不吉な黒髪をした女が、王子と結婚するなんてあり得ない!」
「やめて、マデリーン!」
「絶対に私の方がふさわしいんだから!」
あまりに悲痛な声だった。
「マデリーン……」
あんな目に遭いながらも、それでもまだ姉妹としての情が少しでもあると思っていた。
だが、それは甘い幻想だったと思い知らされた。
「……っ」
何か言ってやりたい。
だが、喉の奥で声が詰まり、声が出ない。
様々な思いが浮かび上がり、せめぎ合い、クロエの心を嵐のようにかき乱す。
結局、一言も口にすることができず、クロエは無言でドアに向かった。
「待ちなさいよ、クロエ!」
部屋を出ようとしたクロエに掴みかかろうとし、マデリーンは騒ぎを聞きつけた近衛兵たちに取り押さえられた。
「クロエ!! 私は絶対に認めないから!!」
血を吐くようなマデリーンの叫びに耳をふさぎ、クロエは廊下を駆けた。
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