第33話:パレード

「あの、エイデン様。本当にいいんでしょうか?」


 翌日、華やかなドレスを着せられたクロエは、おずおずと尋ねた。


「私なんかが王族としてパレードに参加するなんて」


 楽しみにしている国民にとって、詐欺行為ではないかとさえ思う。


「おまえは俺の婚約者だ。何も問題はない」


 王族の服をまとったエイデンは、近よりがたいほどの風格と高貴さに満ちていた。

 あまりに煌びやかで見とれてしまう。


「それに、国民が見たいのは王と王妃だ。俺たちは賑やかしのようなものだ。気楽にいけ」

「そ、そうは言っても」

「ほら、もう馬車に乗る時間だ」


 エイデンに手を取られ、王家の紋章の入った黒塗りの馬車に乗り込む。


「うわあ……」


 馬車の豪華な内装に驚くクロエを、エイデンは微笑ましそうに見つめた。

 しばらくして馬車がゆっくり動き出す。

 馬車の周囲は近衛兵がしっかり警護し、人々を近づかせないようにしている。

 橋を渡り城下町に入ると、沿道に集まった人々が見えた。


「えっ……こんなにたくさんの人が!」


 皆、歓声を上げて手を振っている。


「ほら、クロエ。おまえも手を振り返してやれ」

「えっ、あっ、はい」


 クロエはおそるおそる手を上げ、観衆に向けて振ってみた。

 わっ、と声が上がり、笑顔が返ってくる。


「すごいですね。人垣がどこまでも続いていて――」

「ああ。中央広場まで行ったら戻ってくるから、しばらく大変だが手を振ってくれ」


 エイデンは慣れた様子で手を振っている。


「エイデン様ーーーー!!」

「こっち向いてください!!」


 時折エイデンに向かって声をかけている人がいる。


「エイデン様、人気にんきがあるんですね……」

「俺は第8王子だからな。気安く声を掛けやすいんだろう」


 エイデンは軽口を返してきたが、きっとそれだけではないはずだ。

 エイデンが愛されているのは民たちの表情でわかる。

 クロエは誇らしい気持ちでエイデンを見つめた。


「王子様、こっちこっちーーーー!!」


 一際ひときわ甲高かんだかい女性の声がした。


「すごいのがいるな」


 エイデンが窓の外を見て苦笑する。

 沿道から身を乗り出すようにして、金髪の若い娘が真っ赤な布を大きく振っている。


「あ……っ」


 クロエは目を疑った。

 大きく布を振り回しているのは、間違いなくマデリーンだった。


「マ、マデリーン!?」


 思わず腰を浮かせたクロエに、エイデンが驚く。


「どうした?」

「え、ええ、あの……」


 馬車に近づこうとして近衛兵に止められたマデリーンと目が合った。


「えっ、クロエ!?」


 確かにマデリーンはそう言った。


(やっぱり、間違いない! でもどうしてマデリーンが王都に?)


 呆然としているうちに馬車は進み、あっけにとられているマデリーンの顔が遠ざかっていった。


         *


「なるほど……双子の妹として育った娘がいたのか」

「は、はい」


 うわそらになってしまったクロエを心配し、パレードが終わるとエイデンがすぐさま事情を尋ねてきた。


「驚いたな。なぜ王都に?」

「わかりません……。でも、叔父が王都の聖堂で働いているので、その人に会いにきたのかもしれません」

「そうか。それは彼女も驚いただろうな」

「ええ。私は辺境にいるはずですから」


 エイデンが気遣わしげに顎を撫でる。


「……おまえの村では生贄の娘が生きているとわかればどうなる?」

「わかりません……」

「おまえの身が安全ならばいいが……。村人たちが恐れていたのは暴君だったカーターだ。彼が亡くなってもう脅威がないことを知れば、おまえに危害が及ぶことはないと思うが……」

「はい。辺境伯が代替わりして、もう『花嫁の儀』がなくなったことを知れば安心すると思います」


「そうだな。ノースフェルドに戻ったら、さっそく各村に周知させるようにしよう」

「はい。お願いします」

「なにぶん、急な代替わりだったからな。生贄の娘たちの件が片付いてからでいいかと思っていたが……」


「他の女の子たちはどうなるのでしょう?」

「おまえの他の五人については、意志の確認はとってある。皆、自分たちは死んだものとして伝えてほしい。新しい名前で新しい人生を歩みたい、と言っていた」

「そうですか……」

「クロエはどうだ?」

「……いいえ。私から伝えることはありません……」


 実の家族ではなかったし、生贄として差し出されたときのことを思い出すと今でも涙が出てくる。

 容赦なく縛られ、辺境へと連れていかれた。

 誰も助けてくれなかった。

 薄々気づいていた。家族から嫌われていると。


「私はもう、あのときから家族ではありませんから」

「そうだな。おまえにはもう新しい家族がいる」


 エイデンが慰めるようにそっと抱き寄せてきた。


「エイデン様……」

「心配するな。俺がいる。大丈夫だ」

「はい」


 温かいエイデンの体に包まれ、クロエはそっと息をついた。


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